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①
今年も桜の季節を迎えた――。
桜の花が満開になると、もちろん心は華やぐのだけど、散り際があまりにも潔いので、妙に感傷的な気分にもなってしまう。
桜は、喜びと愁いを同時に感じさせる不思議な花だ――。
昨年、祖母が亡くなった。
ずっと元気で大病をしたこともなかったし、たいして寝付きもせずに亡くなったので、まずまずの大往生といえるのかもしれない。
生前、死に時について、あれこれ話していたのが今でも懐かしく思い出される。
「冬や夏は嫌だよね。寒くても暑くても、お葬式に来る人に申し訳ないよ。梅雨や秋雨の時期も、できたら遠慮したいね。足元が悪い中、墓地に行かせるわけにはいかないもの。
やっぱり紅葉や桜がきれいな頃がいいね。何だか明るい気分になるからさ。紅葉よりも桜かな? そうだね、桜の花が満開のときにお葬式ができたらいいだろうねえ」
そんなことを言っていたのに、病院の中庭にあるイロハモミジが、真っ赤に色づく頃に亡くなった。秋晴れで、モミジを散らす風もない穏やかな朝のことだった。
その後も晴天は続き、通夜も葬儀も参列者をわずらわせることなく執り行えた。
最低限の願いは叶ったので、祖母も安心して旅だったと思う。
だけど、もしかすると今頃あの世で悔しがっているかもしれない。
「あーあ、もう一度ぐらいお花見を楽しんでから、こっちへ来れば良かったよ!」
あの世に桜があるのかどうか知らないが、団子もお酒も大好きだったから、花見にかこつけてそれらを口にしたかったと思っていることだろう。
残念だったね、おばあちゃん――。
祖母の生家は山あいの町にあり、祖母の弟である達治さんが後を継いでいた。
達治さんは健在だが、高齢となった今は、その子どもである善文さんとその家族が、果樹園を営んでいる。わたしも幼いころから、祖母や両親と一緒に何度かそこを訪ねていた。
祖母が直接行くことがなくなっても、毎年、果樹園の桃が実る頃には、甘い香りを放つ大きな段ボール箱が送られてきて、両家の交流は続いている。
祖母と一緒に撮った写真を入れたポーチを、最後にリュックのポケットへしまった。
これで、週末小旅行の準備は完了だ。今日わたしは、久々に祖母の故郷を訪ねる。
祖母の葬儀で会った際、「桜が満開になる頃に訪ねたい」と善文さんに伝えておいた。
そして二日前、「そろそろ、お花見にいい頃合いだよ」という電話をもらった。
さあ出かけるよ、おばあちゃん!
生まれ故郷で、一緒にお花見を楽しもうね!
わたしは、ポーチを入れたポケットを軽く叩いてからリュックを背負った。
外に出ると、どこからかひらひらと桜の花びらが飛んできた。
今日も快晴――。絶好のお花見日和になりそうだ。
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