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②
特急列車に乗って二時間ちょっと、最寄り駅に降り立つとすでに迎えが来ていた。
改札の向こうで手を振っていたのは、善文さんの息子の善亮くんだ。二年前、地元の大学の農学部を出てからは、本腰を入れて果樹園を手伝っているらしい。
彼とも、祖母の葬式で久しぶりに顔を合わせていた。
軽くあいさつを交わし、駅前に止めてあった善亮くんの車に乗り込んだ。
「ありがとう、善亮くん! 迎えに来てもらって、すっごい助かりました!」
「今の時間帯、この辺りはタクシーをつかまえにくいからね。バスも減っちゃたし――。親父ったら、『早めに迎えに行かないと、優季ちゃん、駅からうちまで歩いて来ちゃうぞ』って、朝から大騒ぎだったんだ」
「ごめんね、土曜日だっていうのにバタバタさせてしまって――」
「いいの、いいの! 農家の仕事は、曜日と関係ないからさ。それに花見に誘ったのは、こっちなんだし――」
市街地を抜けて田園地帯に出ると、住宅や寺社の庭先に、満開になった桜の木を何本も見かけた。彼方の山裾に広がる淡いピンク色の固まりが、今日お花見に行く「うきよ桜」がある公園だ。
達治さんの家を訪ねるのは、たいてい夏休みだったから、わたしは、その公園でお花見をしたことはない。祖母も祖父と結婚して里を離れてからは、そこへ花見に行ったことは一度もないと言っていた。
桜の名所は、日本中にある。花見が好きだった祖母は、元気な頃には家族や友人と様々な場所へ桜の花を見に行っていた。
故郷の桜にどれほどの思い入れがあったのかは、今となっては知る由もない。
でも、きっと祖母にとって一番心に残っている桜は、「うきよ桜」に違いないと勝手に決め込み、わたしはここへやってきたのだ。
家の玄関前で車を待っていたのは、善亮くんの妹の亜津美ちゃんだ――と思う。
わたしの記憶の中の彼女は、幼さを残した制服姿の少女だ。
目の前にいるおしゃれで溌剌とした若い女性が、すぐにはそれと結びつかない。
「優季ちゃん、お疲れ様! わたし、亜津美です。わかります?」
「ああ、亜津美ちゃん、だよね……。なんか、すっかり大人になっちゃったから……。ええっと、今日はよろしくお願いします!」
わたしは、子どものようにぺこりと頭を下げた。
亜津美ちゃんは、「こちらこそ」と言いながら、履き物がずらりと並んだ広い玄関へ、わたしを案内してくれた。
どうやらわたしが想像していたのとは違う、盛大なお花見が準備されているようだ。
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