第11話 神像の魂入れ

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第11話 神像の魂入れ

 下流から押し出されてきた移民のために新しく作られた街は、メンフィスより北の方角――新しく作っている城壁の、すぐ南に位置する辺りにあった。つまりは、街から下流の方角だ。  日干しレンガを積み上げて作られた、何軒もの新しい家。近くまで引き込まれた水路。家畜小屋。  川の下流の方から最近やって来た人々は、まとめてそこに住まわせることにしたのだ。  家は、一定の区画を割り当て、そこに住民たちが、めいめいに好みで間取りを決めて煉瓦を積み上げて作った。その家と土地は州の持ち物で、要するに借家という扱いだ。  家を買い取る場合は、毎年一定額を通常の納税分に上乗せして納めるか、家畜等の纏まった財産で一括払いするか選べる。元はチェティの発案した政策で、州議会に参加していてる価値の代表者が意見を出し合って、いまの形になった。羊などの家畜を多く連れて来ていた牧人の中には、後者を選んだ人もいる。  その新しい街の中心部、大通りの交わる場所に、一つだけ、白い石造りの建物がある。プタハ神の小神殿だ。礼拝所の奥に神像を納めるための至聖所が作られ、供物を納める倉庫や身を清める小さな池も付いていて、小さいながらも大神殿と同じような作りになっている。  神官の住まいも付属していて、しばらくは、大神殿から派遣された神官が住み込みで神像の面倒を見ることになっていた。掃除や細々とした仕事は街の住人の輪番だ。そのあたりの仕組みは、他の街の小神殿と同じ。  そして今日が、その神像の「魂入(たまい)れ」、つまり、神像に神精を吹き込んで、街の守護神としての機能を与える特別な日なのだった。  儀式のためにメンフィスの街からやって来た一行は、神官たちと、神官たちが担いできた神像の載った神輿、それに、護衛の兵士たち。  神輿に載った像は、本体の神像から分霊した神精を宿したものだ。その霊を、街に新たに設置された神像のほうに移すのが、儀式の主旨だった。  「ほー、短期間で作ったにしてはもけっこう立派だなぁ」 一行を先導してやって来たネフェルカプタハは、至聖所に設置された神像を見下ろして、感心したように言いながら、黒い石の表面をぺちぺちと手で撫でた。それを見て、先に派遣されていた住み込み予定の神官は、慌てている。  「あのう、神像にそんなに触られては…」  「ん? 魂入れしてねぇ今なら、まだ、ただの石だ。別に問題ないだろ」  「いえ…。手の脂がつきます。せっかく綺麗に拭きましたのに」  「あー、それは、すまん。」 手を引っ込めて、ネフェルカプタハは一歩下がった。  プタハ神の像は、黒い石で作られた、一腕尺(メフ)ほどの高さの小さなものだ。  ここに街を作ることが決まったのは数ヶ月前で、神像の発注がされたのもその頃だったはず。期間が短かったため最低限の彫り込みしかされておらず、作りも荒いが、特徴的な顔立ちや、ジェド柱を握りしめた格好は、見事に再現されている。  そして、神像を収めた至聖所も、壁や床は平らに均されて、まだ何の装飾もなく質素ながら、申し分のない安定した空間を形作っている。  「うん、さすがはウチの街の石工だな」 彼は満足げに頷いて、部屋の中を見回した。  狭いが、最低限のものは揃っている。  神像を収める祠堂、祭壇、至聖所を閉ざすための扉。礼拝所のほうも、それほど広くはないし、何の装飾もないが、形は出来ている。  浮き彫りや着色など、装飾は、後からおいおい付け足していけば良いのだ。とりあえずは、神官の祈祷によって力を与えられた神像さえあれば、神殿の役割は果たせる。  「そんじゃ、着替えて準備してくるわ。」  「はい、お願いします」 住み込みの神官は、さっきネフェルカプタハが触った部分を布で拭いながら答える。  神官としての位はネフェルカプタハのほうが高いのは分かっているから、敢えて余計なことは言わない。  それに、いつものことで、儀式が始まれば完璧に役割を演じてみせるに違いない、とも思っていた。普段は適当なくせに、やる気を見せたときだけは立派な神官になる、――というのが、彼なのだから。  ネフェルカプタハが外に出ていくのと同時に、彼と一緒に大神殿からやって来た下級神官たちが至聖所に入ってくる。  「香炉と供物の準備が出来ました」  「大神殿から運んで来た祠堂は、小神殿前に設置終わってます。もう人が集まってますね。近隣の村からも人が来てるようでした」  「珍しい儀式ですしね」 ちら、と外を見やると、確かに、人だかりが出来ている。  大神殿から、神官たちが担いできた神輿には、大神殿の本尊から分霊した神精を宿した、もう一体の神像が入っているのだ。それをこちらの小神殿の至聖所に運び入れ、神精を移して清める、というのが、「魂入(たまい)れ」の儀式の流れだった。  それが終われば、小神殿に最初の参拝者を迎え入れ、礼拝のち、神輿は大神殿へ戻す。  一日がかりの儀式、というのは大げさなものではなく、実際に手間がかかるからなのだ。その長丁場を、大勢の見物人たちの前で、そつなく行う必要がある。主役となる典礼神官は、気力も体力も必要な役割なのだった。  とはいえ、その主役であるネフェルカプタハは、全く緊張もしていなかった。  (ついでに信者増やしてこいっつー話だったし、親父にあとで文句言われないように、なんか説法でもして帰るか? てか、長いんだよなあこの儀式。腹減りそ…) 余計な雑念だらけのまま、小神殿の裏庭の水溜めで手と足を洗い、新しい真っ白な法衣に着替えて香油を手に刷り込んでいると、ふいに、裏口からひょっこりと兵士が顔を出した。  「お邪魔しますよ。今日、なんかお祭りって聞いたんで…って、あれ?」  「あれ? ペンタウェレさんじゃん」 こんなところで顔見知りと会うと思っていなかった双方は、同時に驚いた顔になっていた。  二人は、ペンタウェレが東の砦から戻ってきてすぐの頃に、バラバラ死体の件で出会っている。ネフェルカプタハにとっては、相棒の次兄。ペンタウェレにとっては、弟の親友、という認識だ。  「カプタハか。その格好からして、今日のお祭りの主役は、あんたなんだな」  「お祭りっつーか、魂入(たまい)れの儀式ですよ。新しく設置した主上の像の」  「ああー、なるほど。それで、高位神官サマの出番ってわけか。」 ペンタウェレは、訳知り顔でニヤリとした。  「まあ、そういうことなら、こっちの聞き込みはそれが終わってからにして方がよさそうだな」  「聞き込み?」  「消えた遠征隊の件だ。足取りが途切れたのは西の墓地のあたりだって話なんだが、この街の住民の一部は、元々その辺りに住んでたんだろ?」  「あー…なるほど。」 確かチェティも、その件を追っていると聞いていた。  「チェティは、今日は別行動なんですか?」  「あいつなら、街で聞き込みだ。今のところ、有力な手がかりは無いらしい」  「そっか。」  「んじゃ、お邪魔しないように引っ込んどくよ。晴れ姿、遠くから見させてもらうぜ」 ペンタウェレは、裏口から出ていってしまう。  (さて、と) 残りの準備を整えて、両手で顔を軽く叩いたネフェルカプタハは、その瞬間から「役割」へと入っていた。  背筋がすっと伸び、表情が変わる。  腰の前で両手を組み合わせて澄まし顔で小神殿の表へ出た彼は、神輿の前で待っていた下級神官たちに目で合図してから、集まっている民衆のほうへ向き直り、高らかに宣言した。  「これより、守護者プタハ様の御姿に魂を宿す、『魂入(たまい)れ』の儀式を執り行う!」  長い儀式の間、ペンタウェレは、部下たちとともに小神殿から離れたところで待っていた。  ここへ来た理由は、かつて西の墓地に住んでいた移民と話をすることだ。 だが今は、ほとんどの住民は小神殿前に集まって見物していて、話が聞けそうな人がほとんどいない。間が悪い、とはこのことだ。  「お前ら、ヒマならそのへん、ぷらぷらしててもいいぞ」 ペンタウェレは、連れてきた数人の兵士に言った。  「ヒマとかじゃないっすけど…てか、この新しい街、けっこう人いますよね」  「ああ。うちの弟の話じゃ、今んとこ四十家族ほどで、百五十人くらいの規模らしい。これからもまだ家を増やす予定って言ってたから、けっこうな規模だぞ」  「そんなに移住してきたんですか。」 兵士たちは、少し驚いている。  「人が増えるんなら、小神殿作ってもおかしくないですね」  「だろ? まあ、人数だけの問題じゃなく、出身地もバラバラで、もともと拝んでた土地神が違うんで、取りまとめるため、って意味もあるらしいんだが…。」 ペンタウェレは、ちらりと、小神殿の側に作られた別の礼拝所を見やった。  そこには、住民たちがめいめいに勝手に置いた、元の出身地の神々が祀られている。専属の神官はおらず、立派な神像などもないから、ただ石に神の標章を書いただけのものや、小さな護符など、ささやかなものが多い。  この辺りの土地の主神であるプタハに祈りつつ、出身地の守護神にも祈ってよい、という措置だ。これなら、反発は招きにくいし、近隣の村の住民がプタハ神の(やしろ)に来た時に交流も出来る。神殿を介して、新しい住民たちとの仲立ちが出来るはずだった。  と、木陰で雑談しながら待っていたペンタウェレは、ふと、側の家の前で、キョトンとした顔でこちらを見つめている青年に気がついた。  「――ん?」  「あっ、いえ。すいません、…その。知っている人に、よく似ていたものですから」 体格の良いその青年は、慌てて頭をかいた。顔つきも、格好も地元民のものだし、言葉にも(なまり)がない。移民ばかりのこの村では珍しく、地元出身者のように見える。  「あんた、メンフィスの人間か」  「はい。少し前までは、大神殿の警備の仕事をしていました」  「ってことは…。」 ペンタウェレは、苦い表情になった。  「似てる知り合いって、書記やってる隊長のお兄さんっすね」  「そっくりですもんね」 部下の兵士たちが先に、余計なことを言う。  「うっせ。似てるとか言うな、気にしてんだから」  「ああ! ってことは、ジェフティさんの弟さんですか。どおりで」 青年の顔が、ぱあっと明るくなった。  「私は、ウセルハトといいます。もう一人の弟さんにも、随分お世話になりました。あの件が無ければ、こうして世帯を持って新しい場所で新しい人生を始めることも無かったかもしれません。いつかお礼を言わなくてはと思っていたんです。よろしくお伝えください」  「チェティだな。分かった、伝えとくよ」  「それにしても、今日はまた、どうしてこんなところに皆さんお揃いで? 皆さんは、その…州軍のほう、ですよね?」 ウセルハトは、不思議そうに目の前の兵士たちの格好を見回した。  ペンタウェレたちの格好は大神殿の衛兵とは装備が違っているし、何より、大神殿から来た兵は、神官たたちと神輿の側を警護している。こんな離れたところで見物しているはずもないのだ。  「ここの住民の一部は、西の墓地に一時的に暮らしてただろ。そいつらに聞きたいことがあって来たんだ。」  「聞きたいこと?」  「西から戻って来る隊商が、どっか、そのへんで消息不明になったらしくてな。何か見てないかって、念の為の確認だよ」  「隊商、ですか…確かに、私の妻や仲間たちも、少し前まで墓地を家にしていましたが、うーん…」 考え込んでいた青年は、ふと思い出したように呟いた。  「そういえば、一ヶ月くらい前に不思議な軍隊を見ました」  「軍隊?」  「そう表現していいか分かりませんが、二十人は居そうに見えたので。西の沙漠のあたりを通過していて、何事かって皆で見に行ったんですよ。それからも一週間くらいずっと、小分けにした兵士がうろついていたので、気味が悪いなと思ってました」  「…一ヶ月前、って言ったよな」  「はい。」  「どんな格好してた」  「えっ、格好? 州兵じゃなかったんですか」  「少なくとも、うちじゃねぇな。下流の第二州の州兵かもしれんが、そんな連絡は来てない。」 知らず知らず、ペンタウェレの言葉は険しくなっていた。  「その時の状況、詳しく教えてくれ」  ペンタウェレが元大神殿の衛兵・ウセルハトに聞き込みをしている間に、小神殿の儀式のほうは、神殿内へと移っていた。  神像を前に、下級神官たちが香木を燃やして空間を清める。  ネフェルカプタハは祝詞を読み上げ、拝礼して神像に清められた水を注ぎ、真新しい亜麻布を着せ、七種の香油をすり込み、うやうやしく祠堂へ収めて、さらに拝礼。儀式は、終盤へと差し掛かっている。  「『二つの国』の中心におわす古き御方、舌によりて創造せし者。偉大なる御名(おんな)において、この地に守護を賜らんことを…」 ネフェルカプタハは、膝まづいた姿勢から、ゆっくりと両手を下ろし、額を祠堂の前の床につける。  それを九度繰り返し、ようやく立ち上がった。  「これにて、『魂入(たまい)れ』の儀式の一切は、つつがなく終了である」 周囲にいた他の神官たちが、ほっとしたように目を見交わした。  「それでは、最初の信徒たちを礼拝室に入れます」 小神殿づきの神官がそう言って、外へ出ていく。  「お前たちは、香炉を持って入り口で待機。信徒に煙をかけて清めてやれ」  「はい」 ネフェルカプタハは、香炉持ちの下級神官たちに指示を出したあと、自分は、やれやれというように肩を回しながら裏口のほうへ消えていく。  「あー、疲れた、疲れた。」 裏口に出た時には、すっかり、いつも通りの表情だ。  「さて、と。ペンタウェレさんのほうは、どうなったかな…」 高位神官の纏うヒョウ皮の上着と、腰布の上から巻く布と首飾りを、ぽいと脱ぎ捨てた彼は、裏口から外に出た。どうせ、拝礼に入ってくるのは、地元民がほとんどだ。まだプタハ神にあまり馴染みのない移民たちは、見物が終われば、すぐに帰って行くものだと思っていた。  ペンタウェレは、小神殿前の混雑を避けて裏口に近いところにいた。難しい顔で腕組みをしている。  「あれっ? もしかして、もう何か聞けたんですか」  「ああ。ちょっと前まで大神殿の衛兵やってたって男に会って、話を聞いた」 ネフェルカプタハは、ちょっと首を傾げる。  「ウセルハトかな? 衛兵辞めて、嫁さんと新しい街に移住するっつってたし」  「ああ、そいつだ」  「やっぱ、そうか。あとで様子見に行ってみよう。んで? 何て言ってたんですか」  「一ヶ月ほど前、西の沙漠に二十人もの兵がうろついてるのを見たらしい。おそらく中央の寄越した政府軍だろう」  「へっ? てことは、王サマの軍隊ですか」  「そうだ。にしても多すぎる。二十人だぞ? 政府軍っつっても、本業は首都近辺と王族の護衛だ。沙漠に逃亡した賊の追跡で兵を出すことは在り得るが、普通なら、そんな数を送ることは無い」 彼は、苛立った様子だった。  「今、部下たちにもその件を追加で聞いて回らせてる。ただ、はっきりしてるのは、執政官どののところに来た使いは、分かってることを全部吐いちゃいなかった、ってことだ。連中は、一週間も哨戒してたらしい。つまり――探していたのは、王の遠征隊だ」  「ん…?」 ネフェルカプタハは、首をひねった。  「遠征隊が行方不明になったのは、最近じゃなかったんですか?」  「出発はニヶ月前、その調査依頼がメンフィスに届いたのが最近なんだよ。オアシス(ウェハト)との往復は、どんなに長くても一ヶ月だろ? 妙に期間が空いてんなっつって思ってたら、これだよ。」  「えー、なんだよ、それ」 ネフェルカプタハは、この事件の詳細をそこまで聞いていなかったのだ。てっきり、行方不明になってのは最近だと思っていた。それなのに実際は、一ヶ月も前に行方不明になっていた、とは。  「えーと、遠征隊に何か問題が起きたことは一ヶ月前に分かってて、それから一週間かけて探し回って、どうにもならんからウチの州にぶん投げてきた、っつーことか…?」  「ことによっちゃ、それよりもっと状況が悪いな。ただ単に”行方不明になった”とか、”帰還しなかった”だけなら、わざわざニ十人もの兵を送るわけがない。聞いた人数と装備からして、だ。つまり…」  「…遠征隊が乗っ取られたことを事前に知っていたか、そもそも、遠征隊の話自体が嘘…?」  「そういうことだ」 ペンタウェレは組んでいた腕をほどいた。ちょうど、部下の一人が駆け戻ってくるところだ。  「隊長、他の人の話も聞けました。だいたい同じ内容です。ニ十人規模で沙漠の辺りを哨戒してたのは間違い無さそうです」  「そうか。…で、オレらが気づかなかったってことは、州境界からこっち側には入ってきて無いんだな?」  「はい、そのようです。オアシス(ウェハト)のほうから来て、そっちに戻った…もしくは、メンフィスを経由せずに、上流の首都に戻ったものかと思われます」  「チッ…。つまり、そいつらは、自分らの行動を隠蔽してたってわけだ」 ペンタウェレは、短く刈り込んだ髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。  「気に入らんなあ。何で、その時点で協力を申し出なかった? 中央の隠蔽体質は今に始まったこっちゃねぇが、相っ変わらず胡散臭ぇことこの上ない」  「隠し事しなきゃならない理由があった、ってことですかね?」  「んなこと考えてるわけねぇ。どうせ、クソみたいなメンツだ何だのの関係だろ。いっつもそうだ。あーくそ、ムカつく。何か国境の砦で守備隊やってた頃のこと思い出しちまった」 彼は、戻ってきた部下たちのほうを睨むようにして見回した。  「そんで? 他の連中も同じか? 新しい話は何か聞けたか」  「いえ。あとは、州に対する要望を幾つか出されただけです。煉瓦積み職人が足りなくて、力仕事の出来る男手が欲しいんだとか。」  「あぁ? んなもん、城壁づくりにだいぶ人手駆り出してっから、追加は無理だぞ。この街だって人数いるんだから、体力ある奴くらい、それなりにいるだろ」  「足りないみたいですね。ここは川から少し離れてるんで、煉瓦を運ぶのが大変だとか。せめてロバがいれば、楽になるんでしょうが」  「ロバ、ねえ…」 知りたいのは遠征隊の十頭のロバの行方のほうなのだが、そちらはまだ、見当すらついていない。  「そういうのに対処すんのは、議会のほうだな。組合で手配してやれ、っつって、父さんとこに要望上げとくわ。」  「さっすが隊長~」  「用事は済んだ、帰るぞ。んじゃカプタハ、またな。」  「お疲れさんです」 ネフェルカプタハは、部下たちとともに街のほうへ戻っていくペンタウェレを見送った。  入れ替わるように、小神殿の表にいた下級神官が戻ってくる。  「ネフェルカプタハ様、そろそろ街に神輿を引き上げさせたいのですが」  「っと、いけね。んじゃ、締めの挨拶しにいってくるわ」 これから神輿とともに大神殿まで戻らなければならないのだ。帰り着いて、持ってきた神像を戻すところまでが儀式の一環なのだ。まだ、仕事は終わっていない。  (一人で歩いて帰るほうが早いんだけどな…。まあ、そうもいかねぇか) 再び、澄まし顔の神官に戻った彼は、裏口から、小神殿の中へと戻って行く。  その様子を、壁の隙間からじっと見つめる鋭い眼差しがあったことに、彼は、全く気づいていなかった。
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