第14話 職人街での不審な動き

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第14話 職人街での不審な動き

 北の新しい街から戻って来た次の日、ペンタウェレは、メンフィスの街の東側を流れる川沿いの船着き場へと来ていた。役所に戻って父と会話した時、チェティの突き止めた可能性を聞いたからだ。  「遠征隊は、隊商の道から真っ直ぐにメンフィスに戻るのではなく、北に逸れて、隣の第二州へと入ったかもしれない」。  もし、州境界より北の第二州の川べりでロバから船に積荷を移し替えていたら、確かに、誰にも気づかれるはずはないのだ。州境界を警護していたペンタウェレたちにしても、境界の先で起きていることまでは知りようがない。  それに、今の季節はまだ川の水位が高く、船便は盛んに行き交っている。たとえ、すぐ脇の川を荷物を積んだ船が通り過ぎていたとしても、いつものことだと思って注意も払わないに違いない。  ただ、その船が、行方不明になったはずの王の遠征隊の荷物を積んでメンフィスに入港していたとしたら、話は別だ。  ペンタウェレは、連れてきた三人ほどの兵士たちに指示を出した。  「お前ら、ここ一ヶ月で到着した船で、オアシス(ウェハト)産の品を積んだ船が無かったたかどうか、確認して回れ」  「分かりました」   「オレは工房のほうへ聞き込みにいってくる。加工の依頼が出されてるかもしれんからな。後で、この辺りで落ち合おう」  「了解っす」  (はあ…。何だか面倒くせえことになってきたな) 職人街の方に向かって歩き出しながら、ペンタウェレは、少しうんざりした顔になっていた。  王の使者が最初から全て情報を開示してくれていたら、ここまでの調査にかかった数日は無駄にはせずに済んだかもしれない。少なくとも、王直属の軍が交戦前提で帰路を待ち構えるような事態になっていたことくらいは、警告しておいてくれても良かったのだ。  (相変わらず、お偉い連中は、人を使い捨てとしか思ってねぇんだよなあ…) もし、何も知らないまま遠征隊と出くわして戦闘が発生していたら、こちらだって、ただでは済まなかったかもしれないのだ。  批判すべきなのは、王か、あるいは政府か。もっとも、そのどちらも、公然と批判したりしようものなら侮辱罪で極刑だ。  それに、今は自分も部隊を預かる身だ。せめて自分の直下にいる部下たちのことは、駒として扱っていると思われないようにしなければ。  ペンタウェレが最初に向かったのは、邸宅や神殿の壁装飾を請け負う左官屋が数件、軒を並べているあたりだった。  左官屋、とは、日干しレンガを積み上げた壁の上に、漆喰を塗りつけて平らにする塗装業者のことだ。とはいえ、実際には漆喰を塗りつけるだけでなく、壁に模様を描くこともする。だから貴族向けの高級な左官屋では、絵の具の材料となる鉱石や、各種顔料も扱われている。  「おう、邪魔するぜ。ちょいと聞きたいことがあるんだが」  「はい、なんでしょう。」 壁に模様や絵を描くための筆の先を整えていた職人が顔を上げ、怪訝そうな顔をした。  「兵士さんとは珍しい。お宅の新築か、修繕ですか?」  「いや、仕事で聞き込みだよ。オアシス(ウェハト)産の鉱石ってのは、確か、砕いて装飾用の絵の具に出来たよな? ここ一ヶ月で、そういう品を大量に持ち込んだ奴がいたとか、取引きしたとか、そんな話は聞いてないかい」 高価な絵の具を使って邸宅の壁に絵を描くのは、王や貴族、大富豪に限られる。材料を持ち込んでまで発注する客など、滅多にいるはずもないのだが。  「オアシス(ウェハト)産…高級顔料ってことですかね? 神殿の装飾にも使われるような?」  「そうそう。そういうやつなんだが」  「うーん…いつも多少の取引はありますが、大量にというのは聞いたことはないですな。」  「じゃあ、取引量はいつも通りか」  「ええ、貴族が材料を持ち込むくらいで…ああ、そういや最近、他の工房から、余りを引き取ったこともありますね」  「余り?」  「なんでも、仕事を依頼した貴族が、鉱石で支払いをしていったらしくて。処分に困ったとかで、近所の工房からうちに持ち込まれた分がありましたね。まあ、それも大量ってものじゃありません。小袋ひとつくらいですから」  「ふうん…。そうか、ありがとう。邪魔したよ」 あっさり去っていこうとするペンタウェレを見て、左官屋の男は興味を引かれたようだった。  「何の調査なんです? 事の次第によっちゃ、もう少し協力できるかもしれんですが」  「大した話じゃない。行方不明になった隊商の荷物が、既に売りさばかれたり加工されたりしてないか、念の為に聞いて周ってるだけさ。まあ、西からの戻り途中で砂に埋れちまった可能性もあるしな。ただの、念の為だ」  「そうですか。なんだか物騒な話ですが、盗賊でも出たんですか」  「そこを調査中なんだ。死体が見つかってるわけじゃないし、単に道に迷ったとかだとは思うんだがな」  (そう、今はまだ、何も確定していない。チェティの読みが当たってるかどうかもだ。) 出来れば、まだ品がこの街に入ってないほうが、話がややこしくならなくて良い。  次の工房に向かいながら、彼は、そんなことを考えていた。  職人街は、似た種類の仕事をする工房が一箇所に集まっている。  次に向かったのは、宝飾品を作っている工房の並ぶ通りだ。  金や他の貴金属、あるいは宝石を加工している職人たちが集まる一画。高価で貴重な材料を扱ううえ、金属加工のために常に火を燃やしていることもあって、その一画は特に州兵の見回りも念入りなのだ。  ペンタウェレが通りに入った時点で、すぐに、巡回の州兵の姿が見えた。彼にとっては、一瞬だけ所属していた古巣の部隊の同僚だ。  視線が合うと、相手は無言のままに一礼してみせた。ペンタウェレのほうも、小さく頷いてすれ違う。  「異常無さそうだな」  「特には。噂の遠征隊の件ですか?」  「そうだ、こっちのことは気にしないでくれ」  「分かりました」 交わした言葉はそれだけだが、どうやら街の警備をしている兵たちのほうにも、行方不明になった遠征隊の話は、おぼろげに伝わっているらしいと分かった。  おそらく、パイベスが指示を出したのだろう。無駄かもしれないが、怪しい者を見つけたり、それらしい噂を聞いたら報告するようにと。  それでも報告が上がってきていないということは、まだ何も、有力な手がかりはないのだろう。  (――ん?) 彼はふと、視線を感じて振り返った。  宝飾品の工房の前に、立派な身なりをした書記が立って、ぽかんとした顔でこちらを見つめている。  視線があった瞬間、慌てて目を伏せた。  (何だ? あいつ。この辺りじゃ見かけない顔だな…) 老齢で、格好からして一介の役人のようには見えない。どこかの高官に仕えているか、貴族の家の執事あたりか。そうした立場の人間なら、主人の言いつけで高級品を扱う工房を覗きに来ていてもおかしくない。  ただ、何かが引っかかっていた。何か――些細なことが。  聞き込みのために手近な工房に入って、何の手がかりも得られずに出てきた時には、もう、さっきの書記の姿は消えている。  ふと気になって、ペンタウェレは、書記と立ち話をしていた職人のほうに近づいていった。  「おい、ちょいと聞きたいんだが。さっきここに、やたら立派な格好した書記様が来てただろ」  「え? ええ、はい。ケンメス様ですかね」  「ケンメスっつうのか。何の話をしてたんだ?」 圧のある聞き方に戸惑いつつも、職人は、できる限り愛想良く答える。  「雇い主の貴族の方が、腕の良い職人をお抱えにして独立した工房を構えたいとのことで、有望そうな職人に引き抜きをかけようとしているようでした」  「はあ? 今どきお抱え職人ってか。ずいぶんと景気のいい話だなぁ」  「そうですよね。半年とか一年の契約でも可能、とか…色々話を聞きましたが、私は、この街が気に入っているので、お断りしました」 中年に差し掛かり、頭の薄くなった職人は、そう言って苦笑した。  「それに、私の腕では、そんな大富豪を満足させられるほどの品は作れる気がしません。親方にとやかく言われず好きに作りたい、芸術肌の若手のほうが向いているでしょうね」  「その貴族、どこの誰とか言ってたか?」  「名前までは聞いていませんが、下流のほうだって話でしたね。」  「何人くらい雇うつもりだって?」  「宝飾品関連で数人と、石工も欲しいとか言ってました。船大工や縫製職人はもう雇ったそうです。」  「……。」 思わず、言葉を失った。  それではまるで、自分だけの小さな職人街を作ろうとしているようなものではないか。  このメンフィスの街の職人街は、「王家の工房」とも呼ばれる。優れた職人はこの街に集まっていて、王家からの発注は、ほとんど全てこの街で引き受けているからだ。  その職人街から何人も引き抜いて、自前の職人街を作ろうとする貴族――?  嫌な予感しかしない。この国には、そんな、王に匹敵するような財産を持つ貴族など、たとえ州知事だとしても居るのかどうか。話も聞いたことがない。。  「そんな詐欺みたいな話に引っかかる奴が、いるのか? 上流のテーベ(ウアセト)ならともかく、ここより下流に、大富豪なんて居ないだろ。メンフィスより大きな街も無いんだぞ。」  「はあ、そうですね。ただ、応じてくれるなら手付金は出す、とかで――金の足輪を見せびらかしていきましたね」  「足輪…」 そういえばさっき、あの書記には金の装飾品の輝きが見えた。書記にしては、やけに派手な装身具を持っているなと思ったものだ。  そう、違和感の正体は、書記とは思えないものを持っていたせいだ。  不可解な引き抜きの話を信用させるため? だとしても、言葉通りの規模で職人をお抱えにするなど、到底信用できそうにない。あの書記は一体、誰の命令でそんな話を吹聴して周っている?  今追っている話とは関係がないかもしれないが、妙に気になった。  「おい、さっきの書記、今日はじめて来たのか。他にどこの工房を周ったか、言っていたか?」  「はあ。うちには初めて来ましたが、ここ一週間ばかり、似たような話を噂話として聞いてますよ。どこかは分かりませんが、他の工房も周っているんじゃないですかね」  「そうか。あとで他でも聞いてみる。邪魔してすまなかったな」 宝飾工房を後にしながら、ペンタェレは腕組みをして考え込んでいた。  (ったく、なんだってこんな時に、余計な胡散くせぇ奴が出てくるんだか) 肝心の、オアシス(ウェハト)から運び込まれたかもしれない物資についての手がかりは、今のところ、全く見つかっていない。少なくとも、目立つ形では職人街に持ち込まれていない。  だとしたら、物資は一体、どこへ消えた?  歩いているうちに、宝飾品の区画を通り過ぎて、石工の通りに突き抜けていた。  こちらの通りも、貴金属や宝飾品の通りと同じようにノミの音が響いているが、落ちている石屑の量が全然違う。宝石ではなく、色とりどりの、様々な材質の石の欠片。加工される前の各種の石材が積み上げられた通りでは、像、石碑、壺など、石材を使ったあらゆる品が作られている。  「おおっと、いけね。戻るか…」 引き返そうとした時、見知った顔がこちらを見た。  「あれ? ペンタウェレじゃないか。」 聞き覚えのある声に振り返ると、何日か前に結婚式で主役の席にいた、近所の青年がいる。  「イウヘティブか。ここが、あんたの仕事場なのか?」  「そうだよ。どうしたんだい、こんなところに居るなんて。」  「仕事だ。まぁ、聞き込みみたいなもんなんだが。」 可能性は低いと思ったが、念の為に聞いてみることにした、  「最近、西のオアシス(ウェハト)から来た品を扱ったことは無いか? 顔料とか鉱石、宝石とか」  「……。」 イウヘティブは何故か、すぐに返答せずに、はっとしたような顔で固まった。  「ん、何だ。」  「い、いや…。そうだな、着色する石碑にオアシス(ウェハト)の顔料を使うことならある。貴族が持ち込むんだ。宝石は、うちじゃ取り扱ってないよ。」  「まあ、そうだろうな。大量に持ち込んだ奴とか、そういう噂を聞いたことは?」  「無いよ、無い。そんなのは」  「……?」 イウヘティブは、妙に言い淀んでいるようだった。  「なら、もう一つ確認したい。最近このへんで、ケンメスって書記が職人の引き抜きをかけて周ってるらしいんだが。ここにも、来たことが――」  「ふん、そいつなら追い返してやった」 イウヘティブの後ろから、太い声が飛んできた。  顔を上げると、奥の中庭のほうから工房の主である親方が、のそりと出てくるところだった。  「昨日は役人で、今日は州兵が邪魔しに来やがったのか。何なんだ、一体。次は誰が来るんだ。神官様あたりか?」  「あー、すまんな。こっちも仕事なんだ。で、追い返したってことは、そいつ、この工房にも来たんだな?」  「おう。だいぶ前にな。うちの職人たちに声かけて、お抱え職人にして、報酬は出来高で思いのままだ、とか何とか。そんな胡散くせぇ話を安請け合いするような馬鹿はうちの工房にゃいねぇ、って言ってやったんだ。で、それ以来、見てねぇよ」  「そうか。けどそいつ、今日は宝飾の工房に来てたらしいぜ。手付金に金の足輪だかをチラ見せしてたらしい」  「いかにも成金だな。以前は宝石をチラチラさせてたが、それじゃあ気を引けないと思ったらしい」  「ここへ来た時は、宝石だったのか」  「ああ。幾つかは、オアシス(ウェハト)で採れる上等なやつだった。あんなものが手に入るんだ、確かに資産はあるんだろうがな」  「……。」  「聞きたいことは、それだけか」 ペンタウェレが頷くと、親方は、じろりとイウヘティブのほうを睨んだ。  「お前はとっとと仕事に戻れ。昨日サボった分、しっかり働くんだ。いいな」  「…はい」  「州兵さんよ、あんたも、これ以上、うちの連中の気を散らさんでくれ。いいな」  「分かったよ」 イウヘティブは、困ったように肩をすくめて、さっきまで居た自分の作業台の前に戻っていく。ペンタウェレも、怖い顔をした親方に睨まれないよう、そそくさとその場を立ち去った。
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