第15話 隠された意図

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第15話 隠された意図

 結局、職人街での目ぼしい手がかりはなく、ペンタウェレは、望み薄とは思いつ船着き場へと戻った。部下の兵士たちの聞き込みの結果を確認するためだ。  兵士たちは、既に戻ってきて港前で大神殿の衛兵と雑談していた。ちょうど、大神殿の管轄の船着き場と、街の船着き場の中間のあたりだ。何やら、楽しげに盛り上がっている。  「でしょ? うちの隊長、お兄さんと似てるって言われるのが嫌らしくって」  「あー、でも実際、顔は似てても雰囲気は違いますよね。真逆っていうか」  「まあ、怒ると怖いのは一緒だけどな」  「あっはは、違いねぇや」  「ごほん」 ペンタウェレが咳払いすると、顔を寄せ合ってニヤニヤしていた兵士たちは、慌てて真顔に戻りながら散らばった。大神殿の衛兵たちも、そそくさと立ち去っていく。  「――で? 上官の噂話以外に、何か有用な話は聞けたんだろうなぁ」  「あー、はい。ええと。その」 慌てて、一人がピンと背を延ばしながら答える。  「しっ、調べていた物資を積んだ船は、入港していなさそうでした。ただ、他に下流から来た立派な船が大神殿の船着き場側に停泊していたので、それについて確認しておりました」  「成る程、それで? どこの、どいつの船だったんだ」  「それが、下流の州から来たパジェドゥなる異国人の貴族で、通訳の書記を連れてメンフィスの街の観光をしているそうです」  「…異国人の貴族? なんだそりゃ」  「いや、よく分からないんですけど、そういう人が来てるそうなんです。下流の州で、最近取になって徴用された人じゃないかって」  「反逆者の州か」 警戒すべき相手ではあるが、大神殿に敬意を払って訪問してくるのなら、たとえ異国人だろうと拒む理由はない。大神殿の長が客人として受け入れたのなら、それ自体はとやかく文句を言う話でもない。  ただ、「いまの、この時期に」というのが気になっていた。  「ジェフティは、何か言ってたのか」  「え、はい?」  「だから。オレのクソ兄貴は、その妙な貴族について何か言ってたのかって」  「…いえ。それは特に聞いてませんが」  「あーもぉ、大事なところ聞いてねぇのかよ?! まったく、使えねえ…」 ペンタウェレは、頭をかきながら、ぶつぶつ文句を言っている。  一人が、気を利かせたつもりで手を挙げて言った。  「あー、今から聞いてきましょうか?」  「いい! オレが気にしてるみたいに聞こえるだろうが、余計なことすんな」  「気にしてるんだよなあ…」  「だよな、自分で直接聞きに行けないからってそんなこと言われても」 残りの二人は、ひそひそ囁きあっている。  「何か言ったか?!」  「いえー、何も」 兵士たちは、取り澄ました顔で背を伸ばした。  「…報告に帰るぞ。」  「はい」 むすっとした顔のペンタウェレの後ろを、部下たち三人が意味深な笑みを交わしながら付いていく。  その様子を、目立たぬよう物陰に立っていた男が眺めていた。  ――さっき、職人街ですれ違った、老齢の書記だ。  男は、兵士たちが去って行ったあと、できる限りの速さで通りを横切って、船着き場のほうへと消えて行った。  ペンタウェレにとって、州議会の隣の建物にある父セジェムの仕事場、執政官パイベスの部屋の隣にある書庫を訪れるのは、ここ何日か、日課のようになっていた。  「お邪魔しますよ」 さすがに、もう何度も訪ねて来ているから、父の同僚で、いつもここにいる老齢の書記も、驚かなくなって来た。  ただ、怯えたような態度は相変わらずのままだ。  「ええと…君、また来たの?」  「仕事なんで。」 ペンタウェレは、あまり歓迎されていない雰囲気に気づいていないふりをして答える。  「うちの父は居ますか」  「セジェムさんなら、さっき執政官どのに呼ばれて奥に行ったよ。そのうち戻って来ると思うけど」  「ああ、たぶん同じ件です。報告がてら行ってきます」 書庫の奥の部屋からは、パイベスと父の話し声が小さく聞こえてくる。  ひとつ咳払いをして、足をびしっと揃えながら、ペンタウェレは声を張り上げた。  「お話中、失礼いたします! 調査の報告に上がりましたが、宜しいでしょうか」 話し声が途切れて、中から返事があった。  「入れ」 そろりと壁の向こうを覗き込むと、いつもどおり気難しそうな顔をしたパイベスと、掴みどころのない表情の父とが向かい合っていた。  「船は、見つかったかね」 セジェムが口を開いた。  「まあ、そう簡単に見つからんとは思っているが」  「ええ、見つかりませんでした。てか、分かってたなら先に言って下さいよ」  「いやいや。予想はしても確認は必要だ。それで? 他には」  「職人街で引き抜きをかけてる妙な書記が居ましたね。ケンメスって名前の、見たことのない奴でした。下流のどこかの州から来たらしいんですが、手当たり次第に声かけて周って、まるで、独自の職人街でも作るつもりのようでしたね」  「ほう」 父が、何か感じ入ったような声を上げた傍らで、パイベスは、やや不機嫌そうに呟いた。  「…それが、今回の件とどう関係するのだ」  「手付金として、オアシス(ウェハト)産の宝石をチラ付かせていたらしいんですよ。無関係かもしれませんが、どうにも胡散臭い。父さん、下流の州で、腕の良い職人をお抱えにして独立した工房を構えられるような景気の良い大貴族ってのは、思いつきますか? 船大工と縫製職人も雇っていたらしいんですが」  「ふむ…。」 セジェムはしばし考える素振りを見せたあと、やがて、意外なことを言った。  「誰かが王になって自分好みの国を作りたいと思ったら、何を揃えるかね?」  「はい?」  「王宮なら壁の装飾、敷物、家具。身の装いに縫製、宝飾。神殿を作り墓を立てるなら石工も必要だ。それに船。船大工も欲しいただろうなあ。あとは…」  「いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それ、メンフィスの職人街のことじゃないですか。」  「そうだよ。『下の国』なら、首都のそばにメンフィスがある。あとは『上の国』なら、上流の第二首都ウアセトにも職人街が作られている。だが、もし、どちらでもない場所に都を作って、その側に新たな職人街を作りたいと思ったら、同じ種類の職人を揃えるんじゃないかね」  「……。」  「なるほど。そういうことか」 パイベスのほうが先に、低く唸った。  「引き抜きを駆けているのは、アヴァリス(フウト・ウェレト)に立った、”王の僭称者”の手の者だな」  「はあ?! てことは、まさか、下流の州って…」  「勤め先は、おそらくアヴァリス(フウト・ウェレト)だろうな。」 セジェムは、にこやかに言う。  「これは面白い話が聞けましたなあ、執政官どの。どうやら、話が繋がりそうですよ」  「ふん、こちらはちっとも面白く無い。」  「繋がる? 父さんたちのほうも、何か分かったんですか」  「先ほど、執政官どのが首都に送られていた使いが戻ってきた。その話だよ。――執政官どの、息子に先ほどの件を伝えてもよろしいでしょうか」 パイベスが鷹揚に頷くのを確かめてから、セジェムが話し始める。  「行方不明になった遠征隊が、どういう構成で、なぜ通常は通らない道を使って出発したのかを探っていただいたのだがね。そもそも、王宮では、王が遠征隊を送った話を、誰も知らなかったというんだ。」  「はい? そんなこと、あり得るんですか」  「通常ならあり得ない。だが今回は、そんなことが起きている。私のかつての部下で、信頼できる者に頼んで調べさせたのだ。間違いない」 と、パイベス。  「と言っても、調べさせたのは軍人関連の部分だけだ。首都の守備隊からも、王直属の軍からも、遠征隊の警備兵は割り当てられていない」  「…つまり、正規の遠征隊じゃなかった、ってことですか」  「それどころか、そもそも遠征隊だったのかどうかも謎だな。首都のすぐ側を通過していったロバの隊商がいたのは間違いないそうだが、それは(くだん)の、偽名を使っていた貴族のものだろう。そして、さらに不可解なのは、一ヶ月半ほど前に、王家直属の兵がニ十人ほど、将軍に率いられて謎の遠征をしていたという話だ。行き先も、任務も不明で、訓練のための遠征だったという話になっているらしいが、もちろん真実ではないだろう」  「メンフィスの西でコソコソしてた連中ですね」  「その可能性は高いな。」  「にしても、将軍を駆り出すなんてのは、また、えらく大きくでたものですね。逆に目立つし、噂になるでしょう」  「信用できる人間が他に居なかったか、強い権限を必要とする任務だったか。或いは――私はこれが正解のような気がしているのだが――、誰かを捕らえたかったのだとすれば、相手は、”それなりの地位を持つ人間”だったのではないかと思う」 セジェムの声が、少し低くなった。  「たとえば、いずれかの州の州知事、とかだな。」  「…アヴァリス(フウト・ウェレト)の州知事が、勝手に王の名を騙って遠征隊を仕立てた、とでも?」  「さて、可能性としてはあり得なくもない。それに、こんな手の込んだ、金のかかることをする者が他に、この近辺の州にいるのかどうか。あるいは、メンフィスの州知事どのは、疑われた一人なのかもしれん。それなら、突然の召喚にも一応の理由は付く」  「疑っているなら、こんな中途半端な捜索依頼を出してこなければいいでしょうに」 ペンタウェレは、苛立ったように呟いた。  「こちらがボロを出すかもしれんと踏んだのか、或いは、本当に切羽つまっていて打てる手は全て打つつもりだったのか。まあ、実際のところ、そこまで深く考えてはおらんだろう。州知事どのを呼びつけた者と、見失った遠征隊をなんとか見つけてメンツを保ちたい者とが別々なのではないかな。各々が保身に走って足並みが揃わんのは、今の政府では良くあることだ。」 軽快な口調でまるで軽い冗談のように言っているが、セジェムの言葉は、まるで鋭利な刃物のようだ。おそらく当たっているのだろうが、事実だとすれば、あまりにも情けない。  「それで? 次の手はどうする」 と、パイベス。  「消えた遠征隊が、実際には”王の遠征隊”では無かったのだとして、将軍の待ち伏せにも関わらず既に逃げおおせているのだとしたら、もはや出来ることは何もないのではないか。積荷は、一ヶ月も前に船に積み替えられてどこかへ運ばれてしまった可能性があるのだろう。メンフィスに入ってきていないなら、もはや追いようもない」  「そうですなあ。ですが、私には、『なぜ』今なのか、ということが気になっております。」  「なぜも何も、川が増水して、大型船が楽に使える季節だからではないのか」  「それ以外にも理由がある気がしています。が、確かに、それは些細なことなのかもしれません。 ――何か分かれば、また、ご報告に上がります。」  「うむ」 にこにこと笑顔をつくりながら、セジェムは一礼した。  「それでは、失礼致します」 部屋を出て書庫に戻る父のあとに続いて、ペンタウェレも、釈然としない顔のまま部屋を出る。  二人で書庫のほうに戻ると、セジェムは、小さく「やれやれ」と呟いた。  「やっぱり、面倒なことになってきたな。」  「こうなることが、分かってたんですか」  「何となくな。本当に王の遠征隊が行方不明になったなら、出発からニヶ月もしてから探してくれなどという依頼が来るはずもないし、もし依頼が来るにしても、普通は政府軍との共同作戦だろう? まるで、もう見つからないことが分かっていて依頼してきているようじゃあないか。」  「確かに…」  「そのくらいは、ちょっと考えれば分かることだ。簡単だろう?」  「……。」  「まあ、そんなことは今更だ。お前、ちょっとロバを連れて、北の、新しく出来た街に行ってくれないか。魂入れの儀式があった、あそこだ」  「――は?」 唐突に、今まで話していたこととは全く違う内容を言われて、ペンタウェレは一瞬、固まってしまった。  「ええと…ロバ? 何のことですか」  「昨日、お前自身が依頼してきたことじゃあないか。レンガ運びのロバが足りんと言われたんだろうが。手配はかけたが、ロバだけだ。ロバ引きは雇っていないんだよ。一体誰がロバを連れていくんだね。」  「…まさか、オレにそれ、やれって言ってます?」  「手がかりに詰まったんだろう? 頭を悩ませてウジウジしていても話が進まんじゃないか。体を動かしたほうがいいぞ。感謝もされる。ほれ、行って来なさい」  「……。」 確かに、次にやるべきことは見えなくなっている。  シェシ親方を探すためにオアシス(ウェハト)に送った兵士が報せを持た帰るまでは、どんなに早くとも、まだ十日以上はかかるだろうし、第二州に向かったチェティも、あと数日は戻らない。  その間に出来ることといったら、いつもどおりの仕事くらいか。  に、しても――。  「いくらなんでも、ロバ引きって。ついでに、もう一度聞き込みでもしてこい、っていうんですか」  「うん? 何だ、分かっているんじゃないか。それなら話は早い。」  「え、いや、今のは冗談で…」  「新しく出来た、下流から来た移民の街。もしかたら、そこに何かあるかもしれんぞ」 セジェムは、自席に戻りながら意味深に笑った。  「下流の何処から、どんな理由でやって来たか、誰も詳しく知らない人間の集まりだ。隣近所でありながら、お互いに素性も知らない。どう思うかね?」  「……。」 ペンタウェレは真顔になった。  「分かりました。行ってきますよ」  「うん。宜しく」 機敏な動きで書庫を出てゆくペンタウェレの逞しい背中を眺めながら、セジェムは、いつしか物思いにふけるような顔になっていた。
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