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第3話 少女たちの噂
結婚式の出席者には、未婚の少女たちも多くいた。
みな、新郎新婦の関係者や、ご近所に住む参列者の家の子供たちで、顔見知りばかりだ。メリトとイウネトも、年の近い少女たちと集まって、楽しく宴に混じっていた。
メリトは、チェティたちきょうだいの末っ子だ。まだ十歳で、三番目の兄であるチェティとも少し年が離れている。
イウネトは、メリトの兄チェティの「許嫁」という立ち場だから、メリトとは将来、義理の姉妹になる関係だ。年はイウネトのほうがひとつ上だが、家庭事情もあって年の割に大人びていることもあり、メリトは本当の姉のように慕っていた。
そして、今日の参列者にいた少女たちの中で、婚約者が決まっているのはイウネトだけだった。
同年代の少女たちは、恋や結婚に憧れるお年頃でもあった。だから実は、大人たちに隠れて、こっそり参列者の若い男性たちの”品定め”――子供らしい品評会を、していたのだった。
「あっ、ほら。あれが、あたしの二番目のお兄ちゃんだよ」
メリトは、近所の遊び友達の少女たちに、兄二人を紹介していた。
「えーっ、どれ?」
「あの人? わあ、背が高くてかっこいいね。軍人さんなの?」
「うん。ちょっと怖い…けど、普段は優しいよ」
「治安維持部隊の隊長さんなんですって」
と、イウネト。
「隣にいるのが、わたしの旦那様になる人よ」
「メリトの三番目のお兄ちゃんだよね。いいなー、書記だし、頭のいい人なんでしょ」
「うん。普通の州役人だけど、お仕事はできるみたい」
イウネトは、どこか得意げだ。
「書記と軍人だったら、書記のほうが良いなあ。軍人さんって危ない仕事でしょ。遠征とかもあるし」
前歯の乳歯が抜けた少女が、舌足らずな言葉で言う。
「でも、逞しいじゃない。力持ちだし、体は丈夫だよ」
と、少し年かさの、そばかすのある少女。
「あたしは、お金持ちの人がいいなぁ~、大きな家に住んでる人」
髪の長い、目のパッチリとした美人顔の少女が言う。
「わたしは、顔のかっこいい人! 一目惚れしそうなくらいかっこいい人がいいの」
「じゃあ、わたしは…」
みんな、めいめいに好みを言いあって、結婚式に来ている人たちの中で条件に一致しそうな人を探しては、目の色が素敵だとか、肉の食べ方がなってないとか、とにかくいろんなことを言いあっている。
やがて、一人の少女が言い出した。
「ねえ、街外れの古い地下室のこと、知ってる? 将来、結婚する人を教えてくれる不思議な壺があるんだって」
「えっ?! 何それ何それ」
「うーんと、あたしもよく知らないんだけど…職人街の端のほうに、石の壁に囲まれた空き地があるでしょ? そこの真ん中に、地下室があって、その奥に、赤い壺があるんだって。その中に、何か代金がわりのものを入れて教えてほしいことを伝えておくと、次の日、中に答えが入ってるんだそうよ。ただし、誰にも見られないこと! 見られたら、答えがこないんだ」
「えーっ、予言の壺なの? なんか、怖いなあ」
「それ、当たるの?」
「わかんないけど、お姉ちゃんの友達の友達が、それで将来を決めたって聞いた」
「てか、それ、わたしも聞いたことあるー。壺に話しかけてる内容は、誰にも聞かれちゃだめだから、一人で行かなくちゃってやつでしょ?」
「そう、確かそうだった」
「怖いけど…本当なの? 本当なら、試してみたいなあ…」
少女たちは、額を突き合わせて真剣な顔で、ひそひそ話を始めた。
こういう話は、大人たちに聞かれてはいけないのだ。どうせ、ばかにされるか、危ないことは止めなさいと叱られるに決まっている。
「空き地って、どこだっけ」
「たぶん、城壁に近いとこだよ。籠屋通りと織機通りの間」
「あそこかぁー…人いっぱいいるじゃん。昼間だと絶対誰かに見つかるよね」
「うん。だから、夜とか、こっそり抜け出して行くんだよ」
「夜に地下室に入るの? 余計怖いよぉ」
「誰かといっしょに行って、外で待っててもらわないと、やだよね。それ」
「で、代金がわりのものを入れる、って具体的に何を入れればいいの? パンの切れ端とかでもいい? 壺って、そんなに大きくないんだよね」
「多分…。ちっちゃいものじゃないと入らないんじゃない? 髪飾りとか、綺麗な石とか。」
「綺麗な石かあ…。」
「そっか、安いとダメなんだね。うーん、やっぱりつまんないものだと、お返事も曖昧なのかなあ」
「そうじゃない? 普通に考えたら」
「あたし、小さい護符なら持ってるけど…。もったいないなあ。本当にお返事来るならいいんだけど、来なかったら嫌じゃない」
「皆、そんなに将来の相手が知りたいの?」
イウネトは、お姉さんぶって苦笑している。
「そういうのは、誰かに教えてもらうものじゃないと思うな」
「そりゃあ、イウネトちゃんはいいじゃん。もう、いい人見つかってるんだから。だけど、わたしたちはこれからなんだよ」
「そうそう。うちはそんなに良い家柄じゃないし、お父さんも書記とかじゃないもん。縁談が来るかもわかんない」
「わたしは、好きな人がいるから、そのひとだといいなあ、って…ね、メリトは? 将来の旦那様、気にならない?!」
「う、うん…。でも、あたしは、まだいいかな…」
「えー、そんなこと言ってたらあっという間だよー?」
まだ十歳のメリトは、困ったようなに笑っている。
もちろん、周囲の子どもたちだって似たりよったりの年齢で、むしろメリトより年下の女の子だっているのだ。けれど皆、真剣に、一家の主婦になる日のことを考えている。
街の少女たちは、よほどのことがない限り、一生に一度は結婚しようとするものだ。そうでなければ、親族の家に厄介なるしかない。子供も親族もいなければ、墓に収めてくれる人も、死後にお参りに来てくれる人もいないことになる。最初からそんな人生を望む者は、滅多に居ないだろう。
「今度さ、こっそり…行ってみない? あたし、試してみたいな」
お金持ちと結婚したい、と言っていた、髪の長い少女が言った。
「えーっ、一人で行くの? 危ないよお」
「心配いらないよ、だって、うちから籠屋通りなら近いもん。それに、月のある夜なら大丈夫でしょ」
「城壁の中だしね」
「誰かに見つかったら、すごく叱られる」
「衛兵さんに見つからないようにね」
「分かってるってば。」
少女たちの中では年長の少女は、いたずらっぽく片目をつぶって、髪をくるりと振り回し、ぷらぷらと歩き出す。
母親たちが、何やら額を突き合わせてこそこそしている娘たちのほうを、不審な眼差しで見つめていることに気づいたのだ。
他の少女たちも、何でもないというように、二人か三人ずつ、それぞれ別の方向に散らばっていく。
「まったく、壺が将来の旦那様を教えてくれるなんてあり得るわけないのに。子供っぽいったらないわ」
他の少女たちがいなくなってしまうと、イウネトは、馬鹿にしたように呟いた。
「でも、皆の気持ちもわかるなあ。婚期になって、誰も結婚を申し込んでくれなかったら、すごく寂しいと思うの」
「無理やりお見合いに連れて行かれて、相手がつまらない男より全然マシだと思うけど」
「え? でも、イウネトお姉ちゃんは、チェティお兄ちゃんとお見合いしたんだから、良かったでしょ」
「うん。…でも、相手がわかる前は怖かったし、すごく嫌だった。あの頃の家族は、わたしを手っ取り早く家から出したがっていたし、相手は年上って聞いてたし、どうしようもなかったら、帰りの川に飛び込んででも逃げようと思ってたから…」
そう、あの時、チェティを脅した言葉は、その場限りの思いつきではなかった。
お見合いのためにメンフィスの街に来るまでは、自分の将来が不安で、見捨てられたようで悲しくて、意志を無視されたことにどうしようもなく腹が立っていた。
それが、お見合いの相手として現れたのは、思いもよらない人物だった。
最初からイウネトを、一人の人間として見てくれた人。そして、付き添いの義兄ではなく、彼女自身の言葉を聞きたいと言ってくれた人。
もしも、相手がチェティで無かったら、――今頃は、きっと。
「ねえ、メリトは、どんな人と結婚したいの?」
「え? う、うーん…うんとね」
少女は、少し頬を赤らめた。
「あっ、もしかして、好きな人がいるの? 誰、誰。教えて」
「やだ、恥ずかしいもん。それに、結婚できる人じゃないから…」
「えーっ、もしかして既婚者?!」
「そうじゃないの。ぜんぜん結婚しない人、だけどすごく年上だから…えっと、内緒!」
「もうー、いいじゃないー教えてよー」
はしゃいでいる娘たちに気づいて、料理を運んでいたタイエトは、思わず笑みを浮かべた。
まるで本当の姉妹のようで、それは、とても微笑ましい光景だったのだ。
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