桜の下で、もう一度約束を

4/6
前へ
/6ページ
次へ
 ベッドに寝転びながら、スマホで美容院を検索する。高校を卒業したから、もういくらでも自由に髪を染められるのだ。  茶髪にしてもいいし、赤とかピンクとか、奇抜な色にしたっていい。腰まで伸びてしまった髪を、思いっきり切ったっていい。  先輩が好きそうってだけでロングヘアを維持してるの、本当馬鹿みたい。  綺麗なロングヘアを保つのは大変だ。ドライヤーにだって時間がかかるし、手入れにはそれなりにお金もかかる。  きっと先輩は、そんなことも知らないんだろうけど。 「……あ」  クラスメートの北村(きたむら)からメッセージが届いた。北村正輝(まさき)。サッカー部に所属していた明るい男子だ。いつだってクラスの中心にいたし、顔だってそれなりに格好いい。 『今度の土曜、二人でどっか行かねえ?』  言葉の意味が分からないほど、私は鈍くない。  北村と二人で出かけたことはないけれど、男女のグループでは何度か遊びにいった。話していると楽しいし、悪くない相手だと思う。  いっそ、髪を切って、派手に染めて、北村と出かけてみようか。 「それも、悪くないのかも」  北村に返事をしようとした、ちょうどその時。  知らないアカウントから、メッセージが届いた。 『五十川です』  心臓がぎゅんっと縮んで、鼓動が速くなる。わけがわからないくらい頭が混乱しているのに、私の手は素早く動いてメッセージアプリを開いた。 『いきなりごめん』  私が知っている五十川は一人しかいない。  でも、本当に? 本当に、あの五十川先輩なの? 『受験に失敗して、全部から逃げたくなったんだ。情けないよね。それなのに、今さら連絡しちゃってごめん』  情けないなんて思ってない。ただ、悲しかっただけだ。 「……今さら、こんなの」  呟いた私の声は震えていた。なにか返事をしようと思うのに、何も思い浮かばない。 『今度の土曜、一緒に平山公園に行かない? 桜が綺麗なんだ。そのわりに人は少ないし』  先輩、覚えててくれたんだ。  ううん、私は知ってた。先輩が、忘れるはずなんてないって。 『今度こそ、一緒に花見に行かない?』  きっと断れば、先輩は二度と私にメッセージをくれないんだろう。分かっている。私が拒めば、先輩が追いかけてきてくれないことくらい。  だけど、やっぱり会いたい。悔しいくらい、先輩に会いたい。 『行きます』  気づいたら、私はそう返事を送っていた。 「あー……」  きっと先輩が連絡してきたのは、受験が終わったからだろう。たぶん先輩は、この一年間浪人していたのだ。  突然消えてしまった時と同じで、突然現れたのも先輩自身の都合。私に会いたくてしょうがなかったから、なんて理由じゃない。 「分かってる、けどさ」  先輩と私の気持ちがつり合っていないことくらい、気づいている。  溜息を吐いて、スマホを操作する。そして私は、トリートメントと前髪カットだけのメニューで美容院を予約した。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加