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ベッドに寝転びながら、スマホで美容院を検索する。高校を卒業したから、もういくらでも自由に髪を染められるのだ。
茶髪にしてもいいし、赤とかピンクとか、奇抜な色にしたっていい。腰まで伸びてしまった髪を、思いっきり切ったっていい。
先輩が好きそうってだけでロングヘアを維持してるの、本当馬鹿みたい。
綺麗なロングヘアを保つのは大変だ。ドライヤーにだって時間がかかるし、手入れにはそれなりにお金もかかる。
きっと先輩は、そんなことも知らないんだろうけど。
「……あ」
クラスメートの北村からメッセージが届いた。北村正輝。サッカー部に所属していた明るい男子だ。いつだってクラスの中心にいたし、顔だってそれなりに格好いい。
『今度の土曜、二人でどっか行かねえ?』
言葉の意味が分からないほど、私は鈍くない。
北村と二人で出かけたことはないけれど、男女のグループでは何度か遊びにいった。話していると楽しいし、悪くない相手だと思う。
いっそ、髪を切って、派手に染めて、北村と出かけてみようか。
「それも、悪くないのかも」
北村に返事をしようとした、ちょうどその時。
知らないアカウントから、メッセージが届いた。
『五十川です』
心臓がぎゅんっと縮んで、鼓動が速くなる。わけがわからないくらい頭が混乱しているのに、私の手は素早く動いてメッセージアプリを開いた。
『いきなりごめん』
私が知っている五十川は一人しかいない。
でも、本当に? 本当に、あの五十川先輩なの?
『受験に失敗して、全部から逃げたくなったんだ。情けないよね。それなのに、今さら連絡しちゃってごめん』
情けないなんて思ってない。ただ、悲しかっただけだ。
「……今さら、こんなの」
呟いた私の声は震えていた。なにか返事をしようと思うのに、何も思い浮かばない。
『今度の土曜、一緒に平山公園に行かない? 桜が綺麗なんだ。そのわりに人は少ないし』
先輩、覚えててくれたんだ。
ううん、私は知ってた。先輩が、忘れるはずなんてないって。
『今度こそ、一緒に花見に行かない?』
きっと断れば、先輩は二度と私にメッセージをくれないんだろう。分かっている。私が拒めば、先輩が追いかけてきてくれないことくらい。
だけど、やっぱり会いたい。悔しいくらい、先輩に会いたい。
『行きます』
気づいたら、私はそう返事を送っていた。
「あー……」
きっと先輩が連絡してきたのは、受験が終わったからだろう。たぶん先輩は、この一年間浪人していたのだ。
突然消えてしまった時と同じで、突然現れたのも先輩自身の都合。私に会いたくてしょうがなかったから、なんて理由じゃない。
「分かってる、けどさ」
先輩と私の気持ちがつり合っていないことくらい、気づいている。
溜息を吐いて、スマホを操作する。そして私は、トリートメントと前髪カットだけのメニューで美容院を予約した。
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