桜の下で、もう一度約束を

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 待ち合わせ場所にはまだ先輩はいない。先輩はどうせ、待ち合わせ時間ぴったりにくる。そう分かっているのに、落ち着かなくてきょろきょろしてしまう。  何度も前髪を整えていると、綾瀬さん、と名前を呼ばれた。  もう一年以上聞いていないのに、耳に馴染む声。  ゆっくりと顔を上げると、五十川先輩と目が合った。  少し髪が伸びて、肌が白くなった。でも他は、ほとんど一年前と変わっていない。長い前髪も、ふわふわした髪の毛も、ちょっと猫背気味の背中も。  なんで、何も言わずにSNS消しちゃったんですか。  今さら連絡してくるなんて、どういうつもりなんですか。  文句の一つくらい言ってやろうと思っていた。だけど無理だ。だって口を開いたら、言葉より先に嗚咽が溢れてきちゃいそうだから。 「これ、いろいろ持ってきてみたんだけど」  先輩は両手に持っていたエコバックの中身を見せてくれた。中には、大量のお菓子やジュースが入っている。  どれも、私が好きだと言ったことがあるものだ。  相変わらずで、本当に狡い。 「……ごめんね」 「何の謝罪ですか?」 「いろいろ。もう、会ってくれないと思ってた」  会わない、なんて選択肢が私の中にないことに、先輩はいつになったら気づくんだろう。  分かってほしいような、ほしくないような。 「今年は受験、受かったんだ」 「去年受けたのと同じ学校ですか?」 「うん」 「じゃあ私たち、今度は同級生ですね」  私の言葉に、五十川先輩は驚いたような顔をして、そして、困ったような顔で笑った。 「なんか、ちょっと複雑だな」 「もう、先輩って呼ばなくなっちゃうかもしれませんよ」 「それは寂しいかもしれない」  そう言うと、先輩は周囲をきょろきょろと見回した。ベンチに人が座っているのを見て、あからさまに落ち込んだ顔をする。  きっと、ベンチに座って桜を見るつもりだったんだろう。  いくら人が少ない公園っていっても、この時期の土曜なんか、混んでるに決まってるのに。  詰めが甘いというか、格好がつかないというか。  そういうところも、相変わらずだ。 「私、お花見用にシート持ってきてますよ」  鞄からシートを取り出す。小さいシートにした理由は、鞄のサイズだけじゃない。 「座りましょうか」  シートを広げて、その上に座る。荷物もおかないといけないから、私と先輩の距離はかなり近い。  ちょっとでも動いたら、肩と肩がぶつかってしまいそうだ。 「えっと、なんか飲む?」 「それより先に、先輩に聞きたいことがあるんですけど」  私の顔を見て、先輩はすぐに目を逸らした。それにむかついて、ぐい、とわざと距離を詰める。  先輩からは、昔と同じ柔軟剤の匂いがした。 「なんでまた、私を花見に誘ってくれたんですか?」 「その、受験が終わって、それで」 「そうじゃなくて、なんで、私に会いたいと思ってくれたんですか?」  顔を思いっきり近づけると、その分先輩は後ろに下がった。でも、また私が顔を近づける。 「逃げないでください、先輩」 「別に、逃げてるわけじゃ……」  先輩より格好いい人も、先輩より積極的な人も、先輩より私のことを好きになってくれる人も、きっといる。  でも、こんなに会いたいと思える人は他にいない。 「私は、先輩に会おうと思った理由、あります」  深呼吸して、じっと先輩を見つめる。えっと、とか、あの、と呟くばかりで、意味がある言葉を喋ろうとはしない。  きっと待っていたって、先輩は私の欲しい言葉なんてくれない。  ううん。もうこれ以上、待ってなんてあげない。 「好きだからです。私、先輩が好きです」  私ばっかり好きなのが悔しくて、ずっと言えなかった言葉。でも、もう諦めた。  先輩に再会して、やっぱり私は、どうしようもないくらいこの人がいいんだって気づいちゃったから。  先輩は真っ赤になった顔で私を見つめている。 「あの、えっと、それって……」 「もちろん、恋愛的な意味ですよ。私は先輩が好きなので、付き合ってくれませんか」  表情を変えずに言っているのはただの意地だ。でも本当はすごくどきどきしていて、心臓が破裂してしまいそう。  桜の花びらが落ちてきて、先輩の頭の上にのった。綺麗だなあ、なんて、見惚れそうになるくらいには、先輩に盲目な自分が悔しい。 「……本当に? 僕なんかでいいの?」 「はい。受験に落ちたからって突然全部のSNS消すし、デートの約束も守ってくれないし、自分の都合でまた会おうって言ってくるような先輩がいいんです」 「それは本当に悪かったよ……」  ごめん、と先輩が俯く。怒られた子犬みたいな表情を見ていると、なんだか私が悪者になったような気がしてくる。  だけど、ちょっとくらい責めたって許されるはずだ。 「で、返事はどうなんです? 私のこと、彼女にしてくれるんですか。してくれないんですか?」  私が先輩を思うほど、私のことを思ってくれなくてもいい。  せめて私のことを受け入れてほしい。  もう、待つしかない関係になるのは嫌だから。 「……うん。僕も、綾瀬さんが好きだよ。だから、付き合ってほしい」  先輩が私を見て、ふわりと笑う。目尻が下がるその笑顔が好きなんだって、そう気づいたのはいつだっただろう。 「綾瀬さんから言わせちゃって、ごめんね」 「別に、私が言いたかったんですから」  元々、先輩から告白してくれることなんて期待してなかった。 「来年はもっと、ちゃんと準備するね。その、綺麗に桜が見えるレストランとか予約するよ。バイトも始めるから、そういうの、ちゃんとできるようになるだろうし」 「期待してますから」 「うん、約束する」 「今度こそ約束、守ってくださいね」  念を押すように言えば、先輩は困ったようにごめんと軽く頭を下げた。こんな顔をされたら、これ以上責められなくなってしまう。 「綾瀬さんが気に入るお店、頑張って探すから」  馬鹿だなあ、先輩は。  私はただ、先輩がちゃんと約束を守って一緒にいてくれたら、どこだっていいのに。  素敵なレストランじゃなくていいし、格好いい言葉なんてなくていいし、ありのままの先輩でいい。  私が先輩を大好きだってこと、さっさと気づいちゃえばいいのに。
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