高校生と警察

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 孝也が千歳と出会ったのは一年前、渚が刑事課に移動してきた歓迎会の帰りだった。混んだ車内の中で、ワンピース姿の千歳がサラリーマンの男に痴漢されているのを発見。次いで痴漢に気づいているにも関わらず、止めに入るどころか携帯を向けて傍観している少年二人に思わず舌打ちした。  不自然にならないように千歳達の方に足を向け、刑事全員でスカートの中にまで手を突っ込んでいる痴漢を取り囲み、渚は千歳を保護する為、千歳の隣に立った。そしていざ痴漢を取り押さえようとした瞬間、突然痴漢がうめき声を上げ、車内の視線が一斉に痴漢に注がれた。千歳が、冷たい表情で痴漢を振り返る。 「ええ年して痴漢とか、イメクラでもいけやドアホが!」  女子高生が発したとは思えないドスの効いた一喝に、周囲にいた誰もが思わずのけぞった。千歳の手には安全ピンが握られていて、それまで千歳に伸ばされていた痴漢の手からは、軽く刺したとは言えない量の血が流れ。よく見ると、安全ピンの根元まで血が付いていた。 「次の駅で降りや」  そう告げる千歳に、「俺はやってない、冤罪だ」としらばっくれる痴漢。孝也達が嘘を吐くなと痴漢を取り押さえる前に、千歳が痴漢行為を撮影していた少年二人――鉄之助と弟の万里に、男の犯行の一部始終をとらえた動画を突きつけさせた。二人は携帯で千歳に指示を受け、証拠のために撮影していたのだ。その手際の良さに感心しながら、孝也達は痴漢に警察手帳を突きつけ、自分をぐるりと取り囲むその姿に、痴漢は大人しく次の駅で下車した。  その後駅員室に連れて行かれた男は、最初「示談でいいだろ? いくら欲しいんだ、金なら払う」と不遜な態度を取っていたが、十万から始まった交渉が五十万を過ぎても成立せず、それどころか聞けば誰でもわかるような一流商社に男が勤めていることを知った千歳は、その場で携帯を取り出し男の会社に電話をかけようとして、慌てて男がそれを止めたのだ。 「百万、百万出す! それでいいだろう」と言う男に、千歳は鼻で笑った。 「そんなはした金、ええ会社に勤めてるあんたには、痛くも痒くもないやん」 そう言って、男の左手の薬指についている指輪に目を向けた。 「それに、裁判になった方が会社クビになったり離婚になったり失うもんも多いし。年頃の娘とかおった方がもっとおもろいねんけど、自分子供おんの?」  そこではじめて男は顔色を変え、自分が悪かったと態度を改めたが後の祭り。躊躇なくスカートの中に手を突っ込んだことや、慣れた様子で示談を提示したことから、千歳は男が痴漢の常習犯であることを白状させ。 「人間失うもんが多い方が、ちゃんと反省するやろう? それにあたし、どん底に落ちていく人間見んの好きやねん」  と、悪魔のような笑顔を浮かべて、最終的に土下座までした男を絶望させた。刑事課一同、最近の女子高生は……と恐怖したのを今でも鮮明に覚えている。  起訴された男はもちろん会社はクビになり、妻には別れを告げられ、中学生の娘二人は「気持ち悪い。顔も見たくない」と、妻と共に出て行ったと言う。 「少しお尻を触っただけで、何もかも失う羽目になるなんて……。自分の考えが浅はかでした」  被告人席で泣き崩れた男の姿を、千歳は満足そうに眺めていたそうだ。
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