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 爽やかな笑顔を見せながら、若くして市長の座を射止めた男がダルマの右目に筆で目入れしていく。左目は物事の始まりを意味する『阿』、右目は終わりを意味する『吽』を表すという。男の横で衰えた体をものともせずにいつまでも万歳を繰り返しているのは、自身も幾度も市長の座に就き、長らく市政に携わっていた若き市長の祖父だ。 「俺は大金貰っても政治家になんざなりたくないけどな」  祝勝ムードの舞台とそれを取り囲むマスコミを遠目に眺めながら、孝也が呟く。 「政治家って言うのは、人に注目されるのが好きで、自己肯定感が強くて、承認欲求が高い人がなりたがるもんやからな。孝也君どれもそんなないやろ?」 「お前は承認欲求以外は両方高えな。独裁者に向いてそうだ」 「人に認めてもらわんでも、あたしの事はあたしが認めてるから全然問題ないもん。パッて独裁者になれんねやったらいいけど、そこまで段階踏んで出世して行くのがめんどい。それなら犯罪組織作って裏で牛耳る方がいいわ」 「残念ながらお前の思考に付いて行ける奇特な奴はそういねえ。単品で諦めるんだな」 「単品ってことは高遠遙一か槙島聖護か」  優秀な頭脳を持ち、顔色一つ変えず殺人に手を染める少年漫画に出て来る殺人犯の名を上げながら、どちらにしようか悩む千歳。身内でもない女子高生がいるには場違いな空間だったが、皆前方の舞台に夢中でこちらに気を向けるものは誰もいない。 「クライマックス見に行こうや」  そう千歳から電話がかかって来たのは、朝井を逮捕してすぐの事だった。朝井の事や虚偽の通報の事や言いたいことは色々あったが、待ち合わせ場所に現れた孝也の車に何の謝罪も後ろめたさも持たず、まるで今からピクニックにでも行くかのように笑顔で乗り込んできた千歳を見ると、全てがどうでもよくなり。  それでも全てを流されてしまうのは腹が立つので、精一杯の力を込めてデコピンをお見舞いすると、「いったあ」と本気で痛がる声に多少の満足感は得られたので良しとした。  言われるがままここまで運転させられたが、ここで何が行われるのか千歳の説明は一切ない。それでも、電話で言っていたクライマックスと言うのが、朝井の逮捕により一件落着を迎えたはずのギャシュリークラム事件を指しているのは間違いないだろう。となると、クライマックスと言うのは最後に残ったアルファベットの『Z』しかない。ここにいる誰かが最後の犠牲者となるのだろうかと辺りを見回すものの、千歳以外に未成年者の姿はない。  
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