高校生と警察

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高校生と警察

 西嶋孝也は、もう何本目かになるマルボロを口に運んだ。コーヒーカップの中はすでに空で、千歳たちが来たらもう一杯頼むつもりだ。  後輩の柚元渚は、少し前にトイレに行ったきり戻ってこない。代わりにアニメのキャラクターのストラップが無数についた携帯が机の上に置かれている。  孝也は仕方がないか、と煙を吐き出しながら窓の外に目を向けた。向かいのケーキ屋が、シャッターをペンキで塗り直す作業をしている。松山千秋の遺体にかけられていたものと同じ、目に眩しい黄色のペンキで。  松山千秋の遺体は、身体はガリガリに痩せ細り、顔は原型がわからないほど膨れ上がって、鼻は折れ、歯は全て抜かれていた。全身にタバコの火を押し付けられた跡があり、髪の毛は全て剃られ、爪は手も足も全て剥がされていた。腕と太ももは焼かれ、背中一面にナイフのようなもので刻み込まれた『ゴミ』の文字。ペンキの下から出てきた人間とは思えない姿に、渚を含む捜査員や鑑識は、胃から込み上げてきたものを堪えることができなかった。  割れたガラス片が子宮口まで詰められていたことを思い出し、孝也が短くなった煙草を灰皿の上でもみ消すと、青い顔をしながら「すみません」とようやく渚が戻ってきた。また吐いたのか、なんて野暮な質問をする気はない。  孝也の隣に座り、手つかずのアイスティーに手を伸ばす渚。 「何も入れないのか?」  甘党の渚は、紅茶でもコーヒーでも、いつもミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいる。 「今はいいです。ちょっと、すっきりしたのが飲みたいんで」 「ああ。いいダイエットになるな」  孝也の言葉に、渚は「こんなダイエット嫌ですよ」と頬を膨らませた。  今年二十七になる渚は、なんでもすぐに顔に出る。能天気でアニメや漫画や甘ったるいものが大好きでどうも年相応に見えないのだが、最近は化粧っ気のなかった顔にあれこれと塗り始めるようになり、課の中では男ができたのではという話も出ていた。が、渚を恋愛対象として見ている男は課には一人もいない為、失望の声は上がっていない。 「それに、被害者の子があんな殺され方してるのに、ダイエットとか言わない方がいいですよ」  孝也を睨む渚の目には被害者への同情だろう、悼む気持ちが見えた。  松山千秋の直接の原因は、過度な栄養失調による餓死だった。司法解剖の結果胃の中は空で、監察医によると行方不明になっていたこの二週間の間、何も口にしていないはずだと言う。二倍にまで膨れ上がった顔に干からびたような身体を思い出し、孝也は「悪かったな」と素直に謝罪した。 「千歳たちからは碌なガキじゃないと聞いてたが、天罰にしてもアレはやりすぎだ」 「やり過ぎとかそう言う問題じゃないですよ。あんな酷いまね、どうやったらできるのか私には理解できません」 「お前には理解できないかもしれないが、理解できそうなやつがやっと来たぞ」  顔を店の扉に向けると、ちょうど千歳と鉄之助が扉を開けたところだった。店の奥にある喫煙スペースに顔を向ける千歳。孝也達を見つけると、そのまま真っすぐやって来た。
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