高校生と警察

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「こんにちは」  礼儀正しく挨拶する鉄之助とは反対に、千歳は、「おつかれー」と孝也の向かいの席に座りながら、さっそくメニューへと手を伸ばす。 「ミルクレープめっちゃ美味しそう」 千歳の言葉に、渚が「うっ……」と顔を歪める。 「黄色い食いもんは勘弁してやってくれ。じゃないと、またこいつがトイレから出て来られなくなる」  苦笑する孝也に、鉄之助は「あー」と察したように顔色を変えたが、千歳は「渚ちゃんデリケートやなあ」と笑いながらメニューを閉じた。  やってきた店員に、鉄之助がコーラ、千歳がフルーツサンドと、孝也の分も入れてホットコーヒーを二つ注文する。 「どうだ学校は」 「皆めっちゃ嬉しそうやったで。松山死んだ、ラッキー。犯人サンキューって感じで」 「うそでしょう?」 目を見開く渚に、「ホンマやって。なあ」と千歳が鉄之助に同意を求める。鉄之助は申し訳なさそうに頷いた。 「松山の嫌われっぷり、半端じゃなくて」 「悲しんでる子なんて誰もおらんかったわ。そんなん家族くらいちゃう?」  松山千秋の家族に孝也は直接会ってはいないが、他の捜査員の話によると、母親は過呼吸になるほど泣き崩れ、遺体の確認に来た父親は、変わり果てた娘の姿に気を失ったそうだ。唯一、松山千秋の四つ上の姉だけは、その死を伝えられても落ち着いたままだったと言う。  しばらく二人から学校の様子を聞き、注文していた飲み物とフルーツサンドが来た後で、孝也は千歳に松山千秋の現場写真を数枚渡した。それを横から覗き見た鉄之助が低い呻き声のようなものを上げて、慌てて顔をそらす。  フルーツサンドを口に運びながら、眉ひとつ動かさずに写真を眺める千歳。死体の状況は一通りメールで伝えておいたが、もう一度詳しく孝也が説明すると、鉄之助の顔がみるみる青ざめていく。 「おんなじことされたんやね」  写真をテーブルの真ん中に置きながら、千歳が言った。「同じこと?」と孝也と渚の声が重なる。 「一年の時、同級生に髪の毛が腰くらいまである女子がおってんけど、『あいつの髪キモイ』って言って、松山がどれくらいか知らんけど切ったらしいんよ。あと自分のネイルと似てて生意気やからって、一年の子のジェルネイル無理やりはずそうとして生爪もちょっと剥がれたらしい。中学の時に根性焼きって言って、ライターで手足炙ったり、タバコの火押し当てたりもしてたみたい」 「つまり、自分がそれまでやってきた行為が倍になって返って来たってことか?」  孝也の言葉に「そう言うこと」と千歳が頷いた。 「歯が抜かれてたのは?」  フルーツサンドを手に思い出そうとする千歳の代わりに、鉄之助が答える。 「そう言えば、一年の時に虫歯のやつの歯をペンチかなんかで抜こうとしたって聞いたことあります」 「ペンチって……」  想像したのか顔を引きつらす渚に、鉄之助が「でも実際に抜いたりはしてないですから。ちょっと悪ふざけが行き過ぎただけで」と慌てて弁明する。そうは言っても、やられた側からすれば悪ふざけではすまない本当の恐怖があったはずだ。 「ペンキは?」 「二年になってすぐの時に、隣のクラスの女子の上着に黄色いペンキかけてたわ」 「え、俺初耳」と、鉄之助が千歳を見る。 「放課後で人も少なかったし、かけられたん見たのもあたしだけやったからな。声かけて、石鹸で落ちひんか一緒に洗ってんけど中々落ちんくて。かかったのはスカートやったから、ジャージ履いて帰って家で頑張って落としてみるって言ってたけど、それ以来不登校やから、あんまり知ってる人おらんかも。ちなみにナイフで『ゴミ』って書かれてたんは、一年の時クラスの大人しい男子の顔に油性ペンで『クズ』とか『粗大ごみ』って書いたやつやと思う」 「ガラスを子宮に詰め込んだのは?」  孝也の質問に、千歳はコーヒーカップを口元に運びながら答えた。 「彼氏のおる女子のこと、よく『ビッチ』とか『ヤリマン女』とか言ってたからそれちゃう?」  煙草よりよっぽど苦々しい気分でため息を吐きながら、千歳のフルーツサンドに手を伸ばす。甘さ控えめのクリームが中々美味い。
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