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蘇芳家の朝
低血圧で上手く回らない頭をどうにか動かしながら、蘇芳千歳はベッドの中で考えた。
クラスメイトの松山千秋。いじめっ子などと甘えた言葉の枠には到底収まりきれないその暴君が死んで、悲しむ人間がいるのだろうか、と。彼女の死を電話で知らせてくれたクラスメイトは驚き興奮していたが、悲哀の欠片も感じることはできなかった。千歳自身もそんな殊勝な感情は持ち合わせてはいないし、むしろ害虫が消えて清々した気分である。
一つ気になるのは、松山の死が事故でも病死でもなく他殺だという事だ。それも、松山がこの二週間行方不明だった事を考えれば、そう驚くことでもないけれど。
松山が最後に目撃されたのは五月の最終日。放課後友人達とカラオケに行き、十時過ぎに店を出て駅に向かい、十時五十分に自宅のある上之島駅で降りたところを防犯カメラで確認されているが、以降の足取りは掴めていないと聞いている。駅から松山の家までは歩いて五分程らしいので、そのわずかな距離の間に誰かに連れ去られたのだろう。
女子高生の誘拐と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、猥褻行為を目的にしたものだ。しかしそういう被害に遭うのは清楚な大人し目の女子高生のイメージがあるが、松山千秋は中身も外見もその真逆。胸元まである校則違反の明るい茶髪に、けばけばしいギャルメイク。手足は細く、ウエストも引き締まってはいるが胸はあまり大きくはなかった。けれど、犯人が制服好きのロリコンならば、胸の大きさはあまり気にしないかもしれない。
女子高生、十七歳、誘拐、暴行、殺害。見事にマスコミの好きそうな単語ばかりが並んでいるが、松山の父親が広告代理店の社長と知れば、さらに報道は過熱するだろう。
ベッドサイドの目覚まし時計を確認する。まだ六時前かと、千歳は誰にも憚ることのない大きな欠伸に目に涙を浮かべた。ネットで松山の事件に関する情報を集めようかと思ったが、どうせまだ大した情報は上がっていないだろうと再び布団をかぶりなおす。松山千秋がいない間の平和だったこの二週間。それが永遠になった喜びに、にやける口元を抑えもしないで、千歳は静かに瞼を閉じた。
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