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 身体の調子は完全ではないが、退院許可が出たので久しぶりに自転車のペダルを踏む。  入院するたびに体力を削られ、ふらつきが出るが(くちびる)()みしめて道路を(にら)む。  進学校に通う勝川は(あせ)っていた。  高校は病気を理解して、進級させてくれるがその先は自分の力で切り拓かなくてはならない。  見渡す限りの田んぼをまっすぐに貫く道を辿(たど)り、ペダルを踏む足に力を込めた。  教室に入ると、頭に包帯を巻いているせいか皆の視線が集まった。 「身体は大丈夫か」 「困ったことがあったら言ってくれ」  などと暖かい言葉を次々にかけてくれた。  病室でずっと独りだったので、人恋しさはあった。  だが矢澤が来てくれたお陰で、学校のことは大体わかっている。 「ちょっと水抜いただけさ。  もう元気だよ」  カラカラと大口を開けて笑った。  授業は、分からない部分もあったが、大学入試へ向けて勉強していれば何とかなる。  参考書を開いて読みながら授業を受けている生徒が多いため、焦りは徐々に消えていった。  包帯が取れると、まるごと剃っていた頭に産毛(うぶげ)が生え始めていた。  周りを見れば、ワックスで固めたり軽くウエーブさせたりと、おしゃれをする男子が多いのだが、かなり浮いた存在になってしまう。  肌は真っ白になり、身体はぽっちゃりとして少し腹が出た。  運動不足が(たた)ったのだ。  暖かい陽に当たりながら、ぼんやり中庭を眺めていると、 「よお、それじゃあマリモみたいだな。  もう少し伸ばせばウニになるか」  ブレザーを着崩して、学年色の黄色いネクタイをだらしなく首から下げた北迫が、口の片端を上げて笑いながら近づいてきた。 「ははは、違いないな」  恵比須様のように目尻を垂らして肩をすくめた。 「ねえ、北迫。  デリカシーないこと言わないで」 「なんで。  じゃあ、励ませばいいのか」  近くにいた女子に責められた彼は、鼻を鳴らして勝川の肩を軽く小突いた。 「この程度で(くじ)けたりしないだろう」  と言いながら、メモ用紙にペンで何か描いているようだった。
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