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 所狭しと机を並べ、脇のフックにカバンをかけていると人が通る隙間などほとんどない。  教室は、人の熱気でまとわりつくような空気が満ちていた。  少々息苦しさを感じながら、勉強が特に遅れている英語の参考書を広げる。  前の席の奴が大柄なので、机の上が教員からは見えない。  きっと居眠りしても分からないだろう。  足を組み換え、首を(ひね)り文字を頭に叩き込んでいると、頬が紅潮し気が遠くなりそうになる。  人間が一日に覚えられる量には限りがあるのだろうか。  何分おきかに繰り返すと良いとか、覚えたページを食べると定着するとか、妙な論理を実践する同級生もいるが、結局のところ一秒でも長く参考書を読めば良いだけだ。  ふと北迫に視線を向けると、またメモ用紙に何かを書いている。  鋭く光る両眼が見開かれ、何度も何かを見ては視線を落とす。  熱中しているのは間違いない。  だが、何に ───  自分と同じように、勉強を頑張っているのかも知れない。  北迫には、他の友人にはない覇気を感じていた。  懸命に何かを(つか)もうと努力する顔だった。 「北迫くんって、デリカシーないよね。  病気なのに、マリモだとかウニだとか平気で勝川くんに言うでしょ」  周りの雑音に混ざって、女子のヒソヒソ声が聞こえてくる。  男子の間でも、北迫に対する風当たりが強くなっていた。  いつも自分の(から)に閉じこもって、一心不乱に何かをしている。  そのくせ、他人に手厳しい。  黒板に北迫の似顔絵を描いて、ウジだのハエだのを描き足す者が出てきた。  すると、 「おっ、誰が描いたんだ。  なかなか上手じゃないか」  自分がいじられているのに、絵の出来栄えだけを彼は見ていた。  そんなある日、矢澤と大学受験の話題になって、 「T大を受けようと思う」  最難関の大学名を挙げた。 「そう ───」  驚きもせず、いつものように参考書に視線を落とした。
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