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 3年生になると、受験一色に染まる。  電車で1時間ほどかけて大手予備校に通うようになると、休み時間にもほとんど遊ばずに勉強三昧だった。  英語の勉強をして、仕事に就きたいとか、法律の勉強をするとか、薬剤師とか具体的な目標をだれもが掲げて努力していた。  勝川自身は、経済学部に照準を合わせていた。 「将来は経営者か商社マンあたりか」  北迫だった。  彼は他人を励ましたりは絶対にしない。  いつも冷笑的な表情を浮かべて、社会を斜めに見ているようだった。 「なあ、お前はいつもなにを見ているんだ」  いつも筆ペンを片手に何かを書いている。  聞いてもまともに答えないし、見せてくれない。  だが、 「いつも人間を見ている。  この世で一番興味深いものを見つけるために ───」  シニカルな笑みを消した北迫の横顔には、鬼のような怒りさえ感じた。  他人を寄せ付けない強靭(きょうじん)(きら)めきを目に(たた)え、虚空を睨みつけた。 「いつも、絵を描いているのか」 「わからない。  何を描いているのか、自分でもわからない」  それ以上は聞かず、また参考書を読み始めた。  もうすぐ再入院することになっている。  勉強も大変だが、体調は良くなかった。 「俺は、絵がヘタクソだ。  だから描くんだ」  北迫とは、妙な会話をしてからあまり話さなくなった。  強い意志が、彼の身体からほとばしるのを感じ、背中からは威圧感を周囲に残していった。  変わり者扱いされていた彼が、誰も寄せ付けないムードで駆け抜けていく。  お互い一分一秒さえ惜しい生活に、どっぷり浸かっていった。
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