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 北迫はワンルームマンションを借りて、職場近くに住居を構えていた。  手狭な部屋にテーブルが一つあるだけで、洗濯機もユニットバスも、目の前にあるキッチンも充分な物件だった。  滅多に人が訪ねてこないのだが、その日は夜遅くにドアホンが鳴った。  少々迷惑だと思い、不機嫌な声を出すと、 「実はご友人のことで、お伝えすることがあります」  きちんとスーツを着こなした男が深々と頭を下げて言った。 「友人の ───」  なぜか勝川の顔が浮かんだ。  ギャラリーを訪れた彼は、様子がおかしかった。  別れ際に顔を伏せて、速足で逃げるように去って行ったからだ。  呼び止めようとしたが、振り返らずに行ってしまった。  スチールのドアが乾いた音を立て、チェーンが外れた。  鍵を開けると、頭を下げたままで男が封筒を差し出した。 「こちらが、お預かりした手紙でございます」  重ねられた名刺に「来世からのメッセージ メッセンジャー 継宮 来(つぐみや らい)」とあった。 「来世からのメッセージ ───」  手紙の差出人は勝川だった。 「まさか」  見開いた双眸(そうぼう)を、継宮が上目づかいで見返す。 「ご想像の通りです。  勝川様は、昨日お亡くなりになりました」  腹の奥の臓物が、重くなって身体は宙に浮くような感覚に襲われた。  つい1週間ほど前に言葉を交わしたばかりだった。  彼は夢を語っていた。  ようやく実を結んだ努力の果実を、これから享受しようとしていたはずだった。  いや、そう思い込んでいた。  彼は別れを言いに来たのだ。  思い出してみれば、手には麻痺があったし歩き方もぎこちなかった。  異変を認識していても「死」を想像していなかった。 「北迫様の個展を、とても楽しみにしておられたようです。  想像していた通り、誠実な筆致に感動したとおっしゃいました。  でもそれが ───」  言い淀んだ継宮が視線で手紙を(うなが)した。 「私は、契約を履行(りこう)したに過ぎません。  ですが、(つつし)んでご冥福をお祈りいたします」  深々と腰まで頭を下げたまま、ドアが閉ざされた。  静寂の中、階段に響く靴音が、次第に消えていった。
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