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6
北迫はワンルームマンションを借りて、職場近くに住居を構えていた。
手狭な部屋にテーブルが一つあるだけで、洗濯機もユニットバスも、目の前にあるキッチンも充分な物件だった。
滅多に人が訪ねてこないのだが、その日は夜遅くにドアホンが鳴った。
少々迷惑だと思い、不機嫌な声を出すと、
「実はご友人のことで、お伝えすることがあります」
きちんとスーツを着こなした男が深々と頭を下げて言った。
「友人の ───」
なぜか勝川の顔が浮かんだ。
ギャラリーを訪れた彼は、様子がおかしかった。
別れ際に顔を伏せて、速足で逃げるように去って行ったからだ。
呼び止めようとしたが、振り返らずに行ってしまった。
スチールのドアが乾いた音を立て、チェーンが外れた。
鍵を開けると、頭を下げたままで男が封筒を差し出した。
「こちらが、お預かりした手紙でございます」
重ねられた名刺に「来世からのメッセージ メッセンジャー 継宮 来」とあった。
「来世からのメッセージ ───」
手紙の差出人は勝川だった。
「まさか」
見開いた双眸を、継宮が上目づかいで見返す。
「ご想像の通りです。
勝川様は、昨日お亡くなりになりました」
腹の奥の臓物が、重くなって身体は宙に浮くような感覚に襲われた。
つい1週間ほど前に言葉を交わしたばかりだった。
彼は夢を語っていた。
ようやく実を結んだ努力の果実を、これから享受しようとしていたはずだった。
いや、そう思い込んでいた。
彼は別れを言いに来たのだ。
思い出してみれば、手には麻痺があったし歩き方もぎこちなかった。
異変を認識していても「死」を想像していなかった。
「北迫様の個展を、とても楽しみにしておられたようです。
想像していた通り、誠実な筆致に感動したとおっしゃいました。
でもそれが ───」
言い淀んだ継宮が視線で手紙を促した。
「私は、契約を履行したに過ぎません。
ですが、謹んでご冥福をお祈りいたします」
深々と腰まで頭を下げたまま、ドアが閉ざされた。
静寂の中、階段に響く靴音が、次第に消えていった。
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