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7
就職祝いにと、両親から贈られた黒いダブルのスーツに袖を通し、黒い柄物ネクタイを締める。
子ども時代には「死」を他人事だと思っていた。
川で溺れたり、交通事故に遭ったり、病気だったりして亡くなった人の話は聞いたが、こんなに身近で起こり得るとは想像できなかった。
内ポケットに香典を入れると、部屋を出た。
出不精な北迫にとって、友人に会いに出掛けることも珍しかった。
マンションの階段は薄汚れていて、隅には黒ずんだ埃がこびりついている。
いつかホームセンターで買った箒できれいにしよう、などと考えるうちに路地に出た。
斎場までバイクを飛ばして、20分ほどで着く。
勝川の交友関係は、意外と狭かった。
高校の同級生が数人いる他は、親戚が多いようだ。
建物に促されて、香典を渡すと控室で彼の思い出話などをした。
テレビやゲームの話題などを、昔は笑いながら話したものだが互いの近況を淡々と話していると、職場での苦労がにじみ出る。
心の隙が少なくなって、からかう余裕もなくなった。
だれもが自分の人生を、懸命に歩いているのだと改めて思い知らされた。
そして、故人も ───
まだ記憶に新しい勝川の顔は、安らかだった。
ほとんど日焼けしていない肌。
少し緩んだ口元。
今にも目を開けて話かけてきそうだった。
焼香の順番を待つときに、前列の席に矢澤の姿があった。
ハンカチを顔に当てて嗚咽を押さえてすすり泣いていた。
俺が死んだら、こんな風に誰かが悲しんでくれるだろうか。
人は、何に価値を見いだすのだろう。
仕事をして、家事をして、自分のために絵を描いて、心のバランスを辛うじて保って生きている。
そんな自分に、価値ある「死」が訪れるのだろうか。
葬儀が終わり、お斎の料理が振る舞われた。
「こんな事でもないと、集まらなくなっていくのかもな」
仲間内の誰かが言った。
歳をとるごとに、孤独が深く影を落とす。
若くして死ねば、人生の春のままで時が止まる。
そんなに簡単に割り切れるものではないだろうが。
勝川は死を恐れていたはずだ。
だから虚しい命を野望に焦がし、俺の心に焼き付けて逝ったのだ。
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