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白い壁に黄色い光が差し込み、窓際に暖かい柔らかな空気を感じる午後、退屈しのぎに政経の参考書についていたCDを流し、聞きながら天井の模様をぼんやりと眺めていた。
眠気を感じ始めると、教室の光景が瞼に浮かぶ。
医者が言うには「水頭症」という病気らしく、脳にたまった水を抜くために入院したのだった。
頭に管を挿して機械につないでいるわけだが、もう慣れてしまって恐怖は感じなかった。
病院特有の、消毒液と尿が混ざったような微かなにおいが漂い、早く出たいと初日には思ったのだが頭に巻いた包帯の間から管を出している自分が、滑稽に見えて諦めの境地に至った。
一番外側の個室の壁に頭を向けて寝かされて、足の向こうに広い空間があり、窓までかなりの距離がある。
外からの太陽光が床に反射して柔らかいグレーに部屋を染める。
眠気に誘われ、首から横に顔を倒したとき人の気配がした。
入口のドアは引き戸になっていて、手をかけるとガタンと音を立てる。
そしてぴょこんと顔を覗かせた。
「勝川、起きてる」
ブレザーのままで、カバンを後ろ手に持ったままだから学校帰りなのだろう。
同じ高校に通う矢澤 里夏だった。
ひざ下まで長いスカートの下に、きちんとそろえた足元が見える。
長い髪は、少し乱れているが艶やかだった。
「退屈でしょう。
一緒にいてあげるから、感謝しなよ」
こうやって、学校帰りにやって来てはパイプ椅子に座って静かにこちらを見ているのである。
日本史CDをまた聞き始めると、矢澤はカバンから参考書を出して読み始めた。
しばらく本に視線を落としていたが、一息ついた心地でテーブルの上にプリントをきちんと広げた。
「読んであげるね」
柔らかく、ハスキーな声で宿題や家庭連絡の内容を読み上げ、また参考書を手に取った。
心がゆっくりほぐされていく。
内容よりも、彼女の声を今日も聞けた。
その事実が、命を確かめる作業のように感じられた。
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