45人が本棚に入れています
本棚に追加
――刺青を入れられるときは、こんな気分だろうか。
不快ではなかった。
与えられれば与えられるほどもっと欲しくなる。
展翅された標本の蝶のように身体を押さえられ、腕をがっちりと掴まれ、天下井は喘いだ。浅い息しか吐けない。
周防も無言だった。背後からくぐもった荒い息づかいだけが聞こえてくる。互いの肌が熱をもち、汗で滑った。もう達きたくなっているのは周防も同じのようで、ときおり余裕をなくした深いため息が天下井の肩口に溜まる。
天下井はふと可笑しくなった。学校では涼しい顔をしている周防が、劣情にさかって見境をなくしている。つい軽口が出た。
「周防は、男とやったことがあるのか」
「……ないよ」
「ほんとうか? それにしてはずいぶん巧いな」
「茶化すな」
「貴様の念弟になりたい奴も多そうだ」
「もう黙ってろ」
周防が苛立たった声を上げて、天下井のさらに奥のほうまで潜ってきた。やはりそうだ、と思う。周防は天下井の身体に何かを刻もうとしている。ほんとうのところはわからないが、天下井にはそう感じられた。
この日の交合もほんのつかの間のことだった。
しかし果てたあとの余韻が長い。
ああ、そうだった、と天下井はまた思う。
こんなにも長く尾を引く余韻を他に知らない。これも周防のことが忘れられなくなった理由だった。
(つづく)
最初のコメントを投稿しよう!