二、理由

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 ――刺青(すみ)を入れられるときは、こんな気分だろうか。  不快ではなかった。  与えられれば与えられるほどもっと欲しくなる。  展翅(てんし)された標本の蝶のように身体を押さえられ、腕をがっちりと掴まれ、天下井は喘いだ。浅い息しか()けない。  周防も無言だった。背後からくぐもった荒い息づかいだけが聞こえてくる。互いの肌が熱をもち、汗で(ぬめ)った。もう達きたくなっているのは周防も同じのようで、ときおり余裕をなくした深いため息が天下井の肩口に溜まる。  天下井はふと可笑しくなった。学校では涼しい顔をしている周防が、劣情にさかって見境をなくしている。つい軽口が出た。 「周防は、男とやったことがあるのか」 「……ないよ」 「ほんとうか? それにしてはずいぶん巧いな」 「茶化すな」 「貴様の念弟になりたい奴も多そうだ」 「もう黙ってろ」  周防が苛立たった声を上げて、天下井のさらに奥のほうまで潜ってきた。やはりそうだ、と思う。周防は天下井の身体に何かを刻もうとしている。ほんとうのところはわからないが、天下井にはそう感じられた。  この日の交合もほんのつかの間のことだった。  しかし果てたあとの余韻が長い。  ああ、そうだった、と天下井はまた思う。  こんなにも長く尾を引く余韻を他に知らない。これも周防のことが忘れられなくなった理由だった。 (つづく)
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