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閉めきった古い四畳半の部屋は、ふたりの熱がこもって蒸し暑い。天下井は周防の巨躯の下からずるずると這い出て、腰高窓を半分ほど開けた。
周防の下宿は、ごみごみと民家の建てこむ界隈にあった。もともとは周防の伯父という人が借りているひと間を、周防が又借りしているのだという。周防の伯父は新聞記者で、特派員として欧州各国から上海、満州と飛び回っている。だからこの部屋には当分戻らないらしい。
下宿は士官学校からごく近い立地だが、細い路地のどん詰まりにある安普請のボロ家で、候補生たちと鉢合わせする心配はない。しかもこの部屋は一階の奥の間で、通行人の目も気にしなくていい。つまり、こうした密会にはたいそう都合がよかった。
開けた窓から、わすがに風が流れこんでくる。
裏庭の土の匂いの混じる湿った風だった。
それでも室内の蒸し暑さはいくぶん和らぐ。天下井は裸のまま、窓のふちに肘をかけながら紙煙草に火をつけた。周防にも一本さしだして火を点けてやって、しばらくふたりで黙って煙草を喫んだ。
「周防は、どうしていた。久留米の輜重大隊はどうだ」
「俺の原隊など、よく覚えていたな」
「それくらいは覚えてるよ」
「大所帯で戦績もある大隊だからな。俺もすぐに外地に行くことになるだろうな」
「そうか」
「貴様のほうはどうしていた、天下井」
「うん……まあ、上官からも兵卒からも、しごかれてるよ」
「なんだ、のんきだなあ」
周防は灰皿をひきよせて煙草の火を消し、薄い万年床にごろりと寝ころんだ。
「貴様は天下井家の御曹司だから、隊でも大事にされてるんだろうな。人気者だろう」
「だから、俺はそんなふうに思われるのは好かんと言ったはずだ」
天下井がむきになると、周防が笑いながら詫びた。
「そうだった。すまん」
ふだんは朴訥として表情のない周防が笑うと、意外なほど無邪気な顔になる。目が優しい。天下井はまたしても彼の笑顔に胸を射抜かれた。古畳の上を這っていって、周防の横にごろりとする。
「周防は、身内に軍人がいるのか」
「いないよ」
「どうして陸軍軍人を志したんだ」
「親父が早死にして貧乏だったからな。俺は五人きょうだいの末っ子でな、ひとりだけ歳が離れている。母や兄姉はかわいがってくれたが、どうにも身のおきどころがない。士官学校なら学費も下宿費もかからんと聞いて、軽い気持ちで召募試験を受けたら受かってしまった。母は寂しがって泣いてたな」
「つくづく、貴様はできすぎた奴だなあ」
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