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「寂しいだなんて、一人前の男が……軍人が口にするのは情けないよな。でも周防になら言っても許される気がした」
「うん。許す」
周防がまじめな顔でオウム返しばかりするのがおかしくて、天下井はとうとう声を上げて笑った。
「周防も、俺が死んだら寂しいだろ」
いくぶん冗談めかして言ったのに、周防はまじめな顔のままでまたうなずく。
「うん。貴様が死ぬと寂しい」
「……そ、そんなにまじめに答えなくていい」
天下井は赤面したが、周防が低い声で笑うので、結局ふたりでひとしきり笑った。それから顔を引き締めた。
「なあ、周防。軍人の幸せとは何だろうか」
「軍人の幸せ?」
「自ら戦線に赴き、敵兵もろとも斃れてその血と躯を皇国の礎に捧げることが幸せだろうか。それとも、軍の中枢に昇りつめて理想の国家を築くことか。あるいは死をもって自らの信念を貫くことか」
周防は腕を組んだままじっと耳を傾けていたが、また子どものように首をかしげた。
「どうだろうな。軍人であろうとも、幸せなど人それぞれではないかな」
天下井は周防の返事に大きくうなずいた。
「貴様もそう思うか、周防。俺は……俺の正直な気持ちを言えば……死にたくないのだ。軍人として身を立てようという志も、じつはほとんど持ち合わせていない。軍人であるまえに、俺は俺というひとりの小さな人間だ。俺の幸せは……、もっとほかの……ことだ」
天下井が言葉を濁したのを、周防がすかさずとらえた。
「貴様の幸せとは?」
周防の問いは無邪気だった。答えを促すようにこちらの顔をのぞきこんでくる。天下井は口をとがらせる。
「聞いても笑うなよ」
「笑わないよ」
「俺は……、貴様のように気の合う奴とこうしてずっと話をしていたいと思う。他愛もない話でいいんだ。うまいものを飲んだり食ったりできればなおいい。陽当たりのいい縁側がいいな。そういうのが俺の思う幸せなんだ。あっ、猫もいるといい。犬でもいいがな。……おい、だから笑うなと言っただろう」
周防が笑いをこらえている気配を察して、天下井はむきになった。
「笑ってないよ」
「笑っている。貴様は不愛想だから、笑うとすぐわかる」
「そうだったか」
「あーあ、しゃべっているうちに、俺はつくづく軍人には向いていないと思ったよ」
天下井がため息をつくと、周防がまた笑った。
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