三、幸せ

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「寂しいだなんて、一人前の男が……軍人が口にするのは情けないよな。でも周防になら言っても許される気がした」 「うん。許す」  周防がまじめな顔でオウム返しばかりするのがおかしくて、天下井はとうとう声を上げて笑った。 「周防も、俺が死んだら寂しいだろ」  いくぶん冗談めかして言ったのに、周防はまじめな顔のままでまたうなずく。 「うん。貴様が死ぬと寂しい」 「……そ、そんなにまじめに答えなくていい」  天下井は赤面したが、周防が低い声で笑うので、結局ふたりでひとしきり笑った。それから顔を引き締めた。 「なあ、周防。軍人の幸せとは何だろうか」 「軍人の幸せ?」 「自ら戦線に赴き、敵兵もろとも(たお)れてその血と(むくろ)を皇国の礎に捧げることが幸せだろうか。それとも、軍の中枢に昇りつめて理想の国家を築くことか。あるいは死をもって自らの信念を貫くことか」  周防は腕を組んだままじっと耳を傾けていたが、また子どものように首をかしげた。 「どうだろうな。軍人であろうとも、幸せなど人それぞれではないかな」  天下井は周防の返事に大きくうなずいた。 「貴様もそう思うか、周防。俺は……俺の正直な気持ちを言えば……死にたくないのだ。軍人として身を立てようという志も、じつはほとんど持ち合わせていない。軍人であるまえに、俺は俺というひとりの小さな人間だ。俺の幸せは……、もっとほかの……ことだ」  天下井が言葉を濁したのを、周防がすかさずとらえた。 「貴様の幸せとは?」  周防の問いは無邪気だった。答えを促すようにこちらの顔をのぞきこんでくる。天下井は口をとがらせる。 「聞いても笑うなよ」 「笑わないよ」 「俺は……、貴様のように気の合う奴とこうしてずっと話をしていたいと思う。他愛もない話でいいんだ。うまいものを飲んだり食ったりできればなおいい。陽当たりのいい縁側がいいな。そういうのが俺の思う幸せなんだ。あっ、猫もいるといい。犬でもいいがな。……おい、だから笑うなと言っただろう」  周防が笑いをこらえている気配を察して、天下井はむきになった。 「笑ってないよ」 「笑っている。貴様は不愛想だから、笑うとすぐわかる」 「そうだったか」 「あーあ、しゃべっているうちに、俺はつくづく軍人には向いていないと思ったよ」  天下井がため息をつくと、周防がまた笑った。
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