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数日後、天下井は随意運動の時間に周防の姿を見かけた。
まわりから「あいつが周防だよ」と教えてもらってようやく顔と名前が一致した。区隊が違うので行動をともにしたことはなかったが、休み時間や演習のときに見かけたことがある。大柄で見栄えのいい身体つきをした奴がいるものだと、印象に残っていた。
いま、周防は体操場の隅にある高い鉄棒で、ひとり黙々と器械体操の自習をしている。天下井は同期生たちのそばを目立たないように離れ、鉄棒に近づいていった。
「周防、貴様はなぜ輜重科を志願した」
周防はすぐには答えなかった。鉄棒の上から天下井を見下ろしてくる。切れ長の目が無表情で冷たい。鍛えられた体幹の持ち主であることが、体操衣袴の上からでもよくわかる。重量のありそうな身体なのに軽快な回転を何度か繰り返し、それからゆっくり上半身を起こして、ようやく低い声で応じた。
「天下井か。話すのは初めてだな」
周防は天下井のことを知っていた。それを意外に思ったが、すぐに「予科の生徒で俺のことを知らん奴などいないか」と思い直して内心で苦笑いした。
周防のまなざしにも皮肉っぽい色が浮かんでいる。
「貴様のような幼年組の人気者が、俺のごとき中学組とつるんでいいのか」
「そういうのは、俺は馬鹿々々しくて好かん」
「貴様は好かんでも取り巻きが放っておかんだろう」
「俺の話はどうでもいいよ。それより周防、どうして輜重科を志願した」
周防はもう一度、鉄棒の上で前転し、すとん、と砂地に飛びおりてきた。
天下井はあらためて周防の風貌を観察する。
上背は自分とほとんど変わらないが、めぐまれた体格のせいでずいぶん堂々として見える。とっさには冷徹に感じられた目つきも、見ようによっては精悍な三白眼で涼しげだ。幼年学校の小僧どもや予科の下級生があこがれそうな、軍学生らしい凛々しさに満ちている。
天下井は周防の風貌に見とれた。見とれながら彼の答えをぼんやりと待っていたら、目の前にすうっと腕がのびてきた。周防が鉄棒を指さしている。
「天下井もやらんか」
「えっ」
「こうして二人して突っ立っていては、取締生徒に見とがめられるぞ。やりながら話そう」
「お、おう」
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