一、藍と萌黄

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 周防は天下井が鉄棒に飛びつくのを介助してくれた。腰をぐっとつかんで持ち上げてくる。周防の手は大きい。しかも、的確に腰骨を探りあててつかんでくる。その(つよ)さに天下井は身震いした。己の困った欲が頭をもたげそうになる。  幸いにも、周防は天下井の情けない動揺には気づいていないようだ。鉄棒の下で軽く腰を落として腕を広げるポーズをとっている。こうすれば二人一組で練習しているように見えるから、監視役の取締生徒が見回りに来ても怠慢とは見なされないということだ。 「俺が輜重科を志願するのがそんなにおかしいか」  周防が天下井を見あげながら聞いてきたので、天下井は一度、二度と回転しながら答える。 「貴様ほど頭のいい生徒ならば砲兵科(ガラ)に行くのだと、みんな思っていたようだぞ。あるいは歩兵科で武勲を立てて、師団長まで出世するのだと」  天下井が同期生たちからの受け売りをそれらしく言ってみせると、周防は笑みを浮かべた。 「歩兵や砲兵は、俺が志願せんでも行きたい奴がたくさんいる。そういう奴が一人でも多く行けたほうがいいだろうと思った」 「なるほど」 「輜重は確かに地味だ。戦闘兵員ではないから、生徒に人気がなくて軽んじられているのも知っている。輜重がいかに優れていようとも勝てるとは限らん。しかし、だからといって輜重がなければ確実に()ける」 「確かに」 「真に恐れるべきは兵站が真っ先に狙われる戦闘だ。戦力互角とした場合、俺が指揮官ならば、相手の兵站をまず狙う。物流を断ち、物資を破壊する。だからそうさせないための兵站術が必要だ」 「うん、まあ」  戦術学の時間に、教官がそんなことを言っていたような気がする。しかし天下井はあまり真面目に学科を受けていなかったので、これもまたうろ覚えでしかなかった。あいまいな相づちしか打てない自分が情けなくてため息が出そうになったが、周防は気にするふうもなく快活に笑う。 「それに、俺のように図体がでかくてガラの悪い輜重兵がにらみを利かせていれば、敵もひるむかと思ってな」 「そうだな。貴様のようないかつい将校に勝負を挑もうという奴は、命知らずだ」  天下井もつられて笑った。それから勢いをつけて地面に着地した。いきなり飛びおりたので周防が驚いて、身体を支えようとする。 また衣袴ごしに周防の手の勁さが伝わってきて、天下井の煩悩が騒いだ。背中に添えられた手のせいで落ち着かない。
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