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「はあ」
それを見ながら菫はため息をついた。
ここまで見事に騙されては、もう、笑うしかない。結果的に何もかもうまくいったのだから、もう、怒る気にもならなかった。
「菫」
まんま2匹の子狐がじゃれ回っているのを眺めながら、苦笑していると一言もしゃべらなかった臣丞がぼそり。と、呟くように言った。
「え? 俺? なに」
最初あんまり小さな声で自分に話しかけられていることに気付かなかったけれど、その綺麗な赤い瞳は菫の方をじっと見ていたから、菫は返事を返す。
「冴夜。妙齢の女の子じゃない」
ぼそぼそ。と、よく聞き取れないくらい小さな声で、臣丞が言った。
「ああ。そか。300年以上は生きてるんだよな。妙齢ではないか……」
変なところを律儀に突っ込んでくるな。と、思いながら答える。確かに見た目に騙されて言ってしまったけれど、300歳を超えていたらただの(?)おばあちゃんだ。
「……ちがう」
新三と冴夜がギャーギャー騒ぎながら追いかけっこを繰り広げているから、臣丞の声はよく聞こえない。そうでなくても小さい声なのだ。
「え? なんて?」
そう言って、臣丞の方に顔を寄せると、一瞬驚いたような顔をして、その目元が少し赤くなった。
「……冴夜。雌じゃない」
「はあ!?」
また、変な声が出た。
その菫の素っ頓狂な声に、追いかけっこをしていた二人が、はた。と、動きを止める。
「冴夜。雄。新三の双子の兄ちゃん」
言われてはっとして冴夜を見る。冴夜はほっぺに指先を当てる昭和のカワイ子ちゃんポーズで、えへ。と、照れたように笑った。隣の新三に視線を移すと、こくり。と、頷く。最後に臣丞に視線を戻すと、また、臣丞は頬を染めて、新三と同じようにこくり。と頷いた。
「おとこの娘かよ!」
多分、一生のうちでこのツッコミを入れることは二度とないだろう。ない方向で人生が進んでいってほしいものだ。
「うそ……だろ」
どこぞの漫画の主人公のような呟きが涼しくなった初秋の風に攫われる。
大きな祭のあとの、小さな日常の出来事だった。
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