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「このままじゃ、来年……や。冬だって迎えられない。あの人が消えてしまう」
ぐ。と、形の良い唇を噛んで、新三はもう一度菫の顔を見る。悲痛な表情は痛々しいほどだったけれど、揺るぎない決意を感じた。
「どういう意味?」
しかし、彼の言っている意味が菫には分からなかった。
黒羽が消えてしまうとはどういう意味なのだろうか。何か病気でもしているのか、変な霊能者に祓われそうにでもなっているのか、怪しげな呪いにかけられたりでもしているのだろうか。
ただ、どんな願いだったとしても、菫に黒羽を救えるようには思えない。
そんな力、菫は一つも持ってはいないのだ。
「これ。見て分かるだろうけれど……社は機能してないです」
周りを見回す余裕がなかったけれど、気付くとそこはいつもの社の前だった。相変わらず、ボロボロだ。
「社がちゃんと機能していたころは、社を媒介にして人と繋がることができたんですけど……。50年くらい前から社には手が入っていなくて。30年くらい前に、好奇心で入った子供が装置に致命的な傷をつけてしまって。
そのころから……清姉も、臣丞も、いなくなって。黒様と冴夜と俺だけになってしまって。
黒様は積極的に人間に関わって力とか。信仰とか集めようとはしないから、力はどんどんなくなってて……」
見上げる社には何も感じない。
よく、廃神社には装置が残っているのに祀るものがいないから、危険なものが集まる。的な怪談を聞くけれど、実際に菫は危険な状態になった神社を見たことはなかった。打ち捨てられた神社を見たことはあるけれど、もう、何もいなくなってしまっていた。神様だったものも、装置につられてやってきたものも。
そこはもう、神域ではなくなっていた。
ここもそうだ。
「このままじゃ、黒羽様は姿を保っておくこともできなくなります」
指先が白くなるほどに握りしめて、新三は言った。
「黒羽様はそれでいいっていいます。でも……俺は嫌だ」
「それ。どうにかできるのか?」
あんまり痛々しくて、放ってはおけない気がして、菫は口をはさんだ。
相手は狐だ。
化けて化かす性質のものだ。
そうわかっていても、聞かずにいられなかった。
「……のぶって。呼ぶのあの人が許したんですよね?」
いつの間にか、新三は完全に敬語に変わっている。菫を見る目も違っている気がする。
「うん」
それは、菫が黒羽を『のぶ』と、呼んだ時からだと思う。同時にその時から、新三の表情から上手く交渉して菫を協力させようという印象がなくなった。だから、お人好しと言われても、信じる気になった。
「あの人の花嫁になってください」
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