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49 王の門
「………あんた、やっぱり変わってる」
フランは窓枠に添えていた手を離した。
そのまま歩いて私の座る椅子の前まで来る。
「俺はあんたを傷付けたあの黒龍なんだぞ?殺したいとか、顔も見たくないとか、八つ裂きにしたいとかさ… なんかもっとあるだろう。一緒に居たいなんて、馬鹿げてる」
「私の意思で選べと言ったのは貴方よ」
「そうだけど、こんな答え……」
途方に暮れた顔で俯くから、その頬に触れてみる。
「フラン、顔を上げて」
「嫌だよ。あんたに合わす顔がない」
「今更何言ってるの?貴方プリオールに遠征してた時は酔った私にキスしようとしたでしょう?」
「違う!あれはつい……!」
「そういえば魔が差したなんて言ってたっけ。コブ付きに興味ないとか好き勝手言ってくれたけど、まさか自分の子供だって知らなかったわけ?」
ウッと言葉に詰まったフランは大きな手で顔を覆った。
両手の隙間からくぐもった声が言い訳を唱える。
「………知ってた、」
「ふぅん。いつ気付いたの?」
「初めて見たとき、ローズがあの時の聖女だってすぐに気付いた。だけど、自分から姿を明かせるはずがないだろ」
「そうね、貴方って臆病だから」
「…………それは認めるよ。あんたの娘が俺の子だと知ったのは…いつだったかな。討伐を終えて皆で酒を飲んだ時に可能性を感じて、確信を持ったのはたぶんプラムに初めて会った時だった」
「なるほどね」
私は二度ほど頷いてフランの頬から手を離す。
つまるところ、やはりこの嘘吐きは内心では色々と知った上で私たちと一緒に過ごしていたのだ。過去のことを振り返るうちに胸の奥が沸々としてきた。
「ねぇ。私、貴方の遊び相手から脅迫まがいの手紙を受け取ってたんだけど知ってる?」
「? ………いいや、」
「ロットバルズ精神病院で取り残されたのも、おそらく貴方目当ての聖女のせいみたいなんだけど」
「そうなのか?理由は知らないが、ローズと同班だった女たちには強めに圧を掛けて退団を勧めたが…」
「………少し、貴方のことが分かってきたわ」
物申したいことは多々あるけれど、急ぎではないから、追っての対応で良いだろう。この無自覚女たらしはきっと教育する必要がある。
「それで、貴方はバルハドル家の復讐をしたいのね?」
「復讐とは違うな」
「え?」
「ルチルの湖で人の姿を取り戻した後で知ったことだが…確かにバルハドル家は王家のせいで滅びた。両親がどんな最後を辿ったのかは分からないが、俺は復讐がしたいわけじゃない」
「じゃあ何が目的なの……?」
私の問い掛けに、フランは目を伏せる。
「俺のような犠牲者を出さないでほしい。黒魔術を扱う魔術師を王家が雇っているなんておかしい。魔物を人為的に作り出す行為だってそうだ」
「………そうね、不当だって分かるわ」
「長い間、黒龍として生きていた。本当に気の遠くなるぐらい長い間…… そうして知ったことだが、魔物は攻撃を受けないと向こうから仕掛けることはない」
「言い切ることは出来ないでしょう?」
「いいや、観察していて分かったよ」
フランの言い分では、棲み分けを正しくすることで魔物の凶暴性はある程度抑えることが出来るらしい。にわかに信じがたい話だけど、私は耳を傾けて理解しようとした。
「長い間って言うけど、貴方いったい何年黒龍になっていたの?」
何の気なしに尋ねた質問にフランは首を傾げた。
指を折って声を出しながら年数を数え出す。
「ざっと二十年ぐらいだな」
「………えぇっ!?」
「湖から出た時、自分の姿だとすぐには気付かなかったよ。なんて言ったって、記憶にある姿は子供だったから」
「ちょっと待って……理解が追い付かないわ」
「分からなくて良いさ。だけど、大人になっていて良かった。騎士団にも入れたし、色々と便利だった」
額を押さえる私の前でフランは綺麗に笑う。
もしかして、もしかしなくても。
今までのフランの奔放な行動はひとえに、彼が大人なら持ち得るであろう善悪の分別を持っていなかったが故に起こったことなのだろうか。慈善事業の意味を深く考えて、彼は数多の女とそういう関係になっていると読んでいたけど、本当は言葉通りに寄り添っていただけ…?
(頭が痛くなってきた………)
ふらりと頭を壁に預けたところで、視界の隅で何かが青白い光を放ち始めた。私とフランは顔を見合わせて、光り輝く水晶板へと近寄る。
手のひらほどの大きさだった水晶板が、徐々に多きさを増していく。フランが手に取って床に置くと、平らだった板に複雑な模様が広がって、小さな取手が現れた。
「……扉になったわ!」
私は驚いてフランを見上げる。
私たちはノブを回して、その扉を押し開いた。
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