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50 呼び出し
初め、私は自分は何処に居るのか分からなかった。
冷えた空気が漂う無機質な空間には何も置かれていなくて、手を突くと大理石の床に触れた。立ち上がろうとした途端、ぐにゃりとしたものを踏ん付ける。
「あんたは俺を踏むのが特技なのか?」
「ごっ、ごめんなさい!」
デジャヴを感じながら謝罪を述べる。
フランが脇腹を摩りながら身体を起こした。
「ここって……王宮の中なの?」
四本の支柱に支えられた白い部屋。大きな窓の外には夜の世界が広がっている。クレアはプラムのことを泊めてくれると言っていたけど、大丈夫だろうか?置いて来てしまったことがまた心配になってくる。
だけど、探しに行かないと、もう二度とフランに会えなくなる気がした。彼が何か無茶なことをしようとしているのは分かったから。
「王宮の中だろうな。複製でもちゃんと扉として機能するとは…… 水晶板がその程度のものなのか、それともラメールが優れた魔術師なのか」
「おそらく後者でしょうね」
私はそう言いながら遠くを見据える。
部屋から伸びる細い廊下に、人影があった。
「………誰かしら?」
フランもまた、そちらに目を向ける。
「さぁな。王の門がどういう仕組みか分からないが、たぶん国王は用途によって使い分けているはずだ」
「え?何種類もあるの?」
「サイラスが自分の持っているものと違うと言っていただろう。おそらくだが、何か意味があって分かれてる」
「私たちが使ったのは魔術師が持っていたものだから……あまり良い呼び出し理由ではなさそうね」
廊下の上に立つ人物は、ベルトリッケの街で見たようなローブを羽織っている。距離があるので顔までは確認出来ないけれど、相手もまた、こちらを見ているようだった。
静かな時間が流れる。
私は自分がどういう行動を取るべきか悩んだ。
「………ねぇ、聞いておきたいんだけど何か計画はある?」
「いや。そんな大それたものはない」
「嘘でしょう?とても不安なんだけど、」
「お互い様だろう。あんただって無計画でルチルの湖まで来たんだから」
出会えたことが奇跡的だ、とフランが言い添えたとき、ローブを着た人物がこちらに駆けて来た。
驚く私の前でフランが剣を抜く。
「魔法は……!?」
「この程度で使う必要はない」
キィンッと金属が触れ合う高い音が響き、私は邪魔にならないように慌てて少し後ろに下がる。何か応援を、と思って周囲を見渡すも残念ながら武器になりそうな物は見当たらない。
何度か剣を交えた両者だったが、相手が突き出した切先をフランが払った拍子に重たい剣は宙に浮いて大理石の床に落ちた。ガランガランッと床を転がった長い剣は私の足元で止まる。
「やはり、騎士様には敵わないですね」
ローブの下からは少し乱れた男の声がした。
覗いた顔を見て私は息を呑む。
「………貴方は…!」
「僕の近くに現れてくれて良かった。残りの魔術師たちはもう父の元に集まっていますから」
「どういうことですか?」
「僕は貴方たちの味方です。父のところへ向かいましょう。詳しくは歩きながら説明します」
そう言って微笑んだのはハレド・マーリン。
ウロボリアを統べる国王の息子だった。
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