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51 ハレド・マーリン
「サイラス先生は真面目な男です。魔術師に託した王の門を回収したと、すぐに父に連絡してくれた」
私はサイラスのことを思い出す。
フラン曰く自死したという黒魔術師が持っていた水晶板を返しておくと言ったのは彼だ。あの時は深い話をしなかったけれど、サイラスは何か知っていたのだろうか。
「先生は……何か関わりがあるんですか?」
「というと?」
「悪いことをしているんでしょうか?今までお世話になった方なので…あまり、そう思いたくないのですが」
「ご心配は要りませんよ。サイラス先生は何も知りません。彼はただ、医師として必要だったから水晶板を持っていただけです」
優秀なお医者さんですからね、とハレドは言った。
私は廊下を歩きながらフランの方へ目をやる。
彼はハレド王子が現れてからというもの、あまり言葉を発しない。もしかするとまだ王子のことを疑っているのかもしれない。確かに、ついさっき出会った相手を信用するのは難しいことなのだけど。
「それにしても、水晶板を複製したとは…… サイラス先生が渡してくれた石が力を失っていることは分かりましたが、原因が理解出来ました」
「力を失う……?」
「はい。回収した石は扉として機能しなかったので」
「………よく分からないな」
そのとき初めてフランが口を開いた。
腹立たしそうにハレドの顔を見て眉を寄せる。
「なんでそんなにベラベラと喋るんだ?あんたは自分が味方だと言ったが、黒幕は国王であるはずだ。俺たちにタネの内を明かしてどうするつもりだ?」
「助けてほしいのです」
「……はぁ?」
「父の暴走を止めてください。どこまで貴方が知っているかは存じ上げませんが、ここへ来たということは王家の罪に気付いたということ」
ハレドは言いながらローブの下を探ると、銀色のペンダントを取り出した。ペンダントはロケットになっており、カチッと音を立てて開くと色褪せた写真を見せる。
そこに映っていたのは若かりし日のジョセフ国王と、その膝の上で笑うハレド王子の姿だった。
「父は国外から黒魔術師を集めて無垢な生き物を魔物に変えています。それらを討伐すれば、国民は平和を守った騎士団に感謝し、彼らを派遣した国王を讃える」
「アホらしい。自作自演の安い芝居だ」
「ええ、仰る通りです。そして……その芝居のために家や家族、命を失った国民が居る」
私はフィリップのことを思い出した。
サイラスが亡き妻のことを指摘した時、フィリップは何も言葉を返さなかった。でもきっと彼は、心の内では言い表せないぐらい悲しんでいたに違いない。
隣を歩くフランの顔を見た。
二十年余りを龍として過ごした彼もまた、身勝手な王の振る舞いに怒りを覚えているはずだ。奪われた人間としての時間はもう戻っては来ないのだから。
「父は来週の祝賀パレードを邪魔しようとする西部の農民たちを排除するつもりです」
「共鳴装置を使うのか?」
「はい…… ですが、あの装置はまだ不安定です。どれだけの魔物が寄って来るか分からない。間抜けな話ですが、討伐出来ない可能性だってある」
「そんな……!」
私は思わず声を発する。
「止めなければいけません。僕の声はもう届かないのです。水晶板を持つ魔術師たちは判断の鈍った父から搾取するばかりで、良識なんて持ち合わせていない」
「権力がある分、厄介な老害だな」
「フラン!」
私の注意も聞き入れずに澄ました顔をするフランの前で、ハレド王子は「昔はこうではなかったのですが」と惜しむように目を閉じた。
「権力や名声に固執すると……見えなくなるものがあります。父の心はいつの間にか、魔物に喰われてしまいました」
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