52 王の間

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52 王の間

 王の間と呼ばれる場所には、すでに十人ほどのローブを被った魔術師たちが待機していた。中央に置かれた玉座には肩まで伸びた白い髪に輝く王冠を載せた国王ジョセフ・マーリンが座っている。 「………ハレド、誰を連れて来たのかと思えば」  皺の寄った顔をこちらに向けて、鬱陶しそうに眉を顰めた。節くれだった指を折り曲げて、国王は壁際に並ぶ魔術師の一人を呼び付ける。 「侵入者だ。よもや息子の友人ではあるまい、摘み出してしまえ……!」 「待ってください、父さん!」  ハレドが慌てた様子で私たちの前に歩み出る。  国王は苛立った様子で舌打ちをした。 「何だ?お前はどうして私の邪魔をする?今日は重要な話し合いがあると言っただろう。見学者を招くわけにはいかない」 「彼らはただの見学者ではありません!」  ハレドが声を張り上げた。 「この騎士たちは貴方の悪巧みに気付いています。ベルトリッケで死んだ魔術師はしくじったのです」 「なんだと……?」 「僕はこれ以上手を汚す王の姿など見たくはない。お願いですから忠告を聞いてください。このような茶番のために民の命を犠牲にしないでほしい…!」 「あぁ、ハレド……お前は甘い」  国王ジョセフは嘆くように自身の手を額に当てた。  静まり返った部屋に小さな笑い声が漏れ、やがて王は腰を折って狂ったように笑い出す。私は、取り巻きのように見守る呪術師たちもまた、ニタニタと奇妙な笑みを湛えていることに気付いた。 「もう何もかも遅い。お前が遅れて来たゲストを迎えに出ている間に私たちは手筈を整えた。西部にはすでに共鳴装置を運び込んでいる。始まっているんだよ、制裁は……!」 「そんな……っ!」 「問題はないさ。反抗的な奴らに少し痛い目を見せて、王の力の偉大さを理解させるだけだ。これは私から国民への教育なのだ。父なる王からの有難い教えだよ」  ハレドは目を見開いたまま黙り込む。  その時、様子を窺う私の前にフランが進み出た。 「ご立派な親心ですね。流石は一国の王だ」 「………なんだ貴様は?」 「貴方が管理するウロボリア騎士団の使いっ走りの騎士です。お話からすると、僕たちの次の討伐遠征は西部になるようで」 「ああ。いつものようにしっかり頼むよ。報酬は弾むから、ある程度荒らすのを見届けたら魔物どもは綺麗に一掃してくれ」 「なるほど、良いご身分ですね」 「なに……?」  機嫌良く話していた国王が顔を顰める。  フランを見上げる表情は明らかに気分を害した様子であり、私はヒヤヒヤしながら見守る。ハレド王子もまた、困惑した顔で二人の方を見ていた。 「絶対安全な場所で指示を出す貴方には命の重さが分からないんでしょう」  フランは王を見据えたままで話し続ける。 「死にゆく人間が最期にどんな顔をするか知っていますか?肉が裂ける痛みは?場合によっては、魔物に生きたまま丸呑みにされることだってある」 「………っなんなんだ!?何が言いたい…!」 「僕の名前はフラン・バルハドル。貴方が消し去ったバルハドル公爵家の息子です」 「バルハドル……!?」 「偉大な王のお陰で、随分と長い時間を掛けて魔物の気持ちを知ることが出来ました」 「なにを…、いったいなにを言っているんだ…!」  国王が一歩後退すると、老いた身体は小さな丸いテーブルにぶつかった。机の上に置かれた木箱がガシャンッと音を立てる。  フランは興味深そうにその箱の中に手を差し入れて、中のものを取り出した。 「………王の門ですね。貴方はこれを使って他国の黒魔術師を呼び寄せていたわけだ」 「触るな!貴重な石だ、ならず者が触れて良いものではない!」 「扉の役目があるんですよね」 「おい、触るなと言って───」  フランは国王の前で木箱を持ち上げて、床目掛けて叩き付けた。大きな音を立てて大理石の床はそれを受け止め、周囲には水晶の欠片が飛び散る。  私は呆然としてフランを見上げた。  ハレドや国王もまた、口を開けて固まっている。 「すみません。手が滑りました」 「あ……あぁ、なんてことを……!!」  魔術師たちが俄かにザワザワし始めた。  フランの革靴が、粉々になった水晶板を踏む。 「これでもう、使い物になりませんね」 「お前……!価値が分かっているのか!?水晶板はただ移動に用いるだけではない!石自体に魔力が宿っていたんだ。あれが無ければ魔術師たちの力が、」 「石が全部で何枚あるのか知りませんが、とりあえずここに居る魔術師たちは帰れなくなったという理解で良いですか?」 「なに……?」  フランは右手を挙げて人差し指で円を描くと魔術師たちに向けて投げ付けた。どこから現れたのか十人分の鉄の鎖がそれぞれの身体を縛り付ける。痛みに呻く苦痛な声が王の間に響いた。しかし、その声もフランが再び指を鳴らすとすぐに聞こえなくなる。  魔術師たちは全員眠っていた。  私は廃病院で彼が助けに来た時のことを思い出す。  やっぱり、フランは何か特殊な力を持っている。火の力だけではなくて、私たち人間が持っていないような強い魔法の力を得ているように感じた。 「これ以上悪さをしないように、少しだけここで待っていてください。さて、国王陛下はどうしましょうね」 「やめろ……!私は王だぞ、近付くな…!」 「一緒に西部に行きますか?特等席を用意しますから、ご自身が放った魔物の活躍をよく見れば良い」 「待ってください!」  そう言ってポケットを探るフランの前にハレド王子が立ちはだかった。  両手を広げて通せんぼをするような格好をする。国王は自分の息子に向かって救いを求めるように手を伸ばした。 「父のことは僕が見張っています。どうか、この場から連れ去るようなことはしないでください!」  フランは溜め息を吐いて、懇願する王子の目を見据えた。 「僕は貴方のことを信用していません。心配ならば貴方も一緒に来れば良い」  懐から取り出した水晶板はすぐに扉の姿に変化した。  青白く輝く扉を開き、フランは私を振り返る。 「この扉は北部で俺が泊まっていた宿に通じているはずだ。あんたはこれを使って移動してくれ」 「貴方はどうするの?」  私の問いには答えずにフランは扉を見つめていた。 「ゴアに伝えてほしいんだ。すぐに西部へ討伐隊を向かわせるように。プラムのことも頼むよ」 「………フラン、」  近付いたとき、魔術師たちと同様に国王と王子を繋ぐ鎖の手綱を持ったフランの指先が青黒く変色していることに気付いた。皮膚が硬くなったその場所は、まるで龍の鱗のように見える。 「ねぇ……これ、治癒した方が良いんじゃないの?」 「問題ないよ。痛みはない」 「でも、」 「悪いな。本当なら城から直接出られれば良いんだが、無駄な戦いは避けたい。宿の隣に俺の車があるから使っても良い」 「……目的地に着く前に横転しちゃうかも」  弱音を溢す私の手をフランが握った。 「ローズ、大丈夫だ」 「…………、」 「あんたなら出来る。面倒ごとが全部片付いたら、もう一度話す時間をくれないか?」 「フラン……貴方は?」 「俺はこいつらを連れて西部へ行く」 「どうやって…!?」  身を乗り出して聞き返す私をフランの手が制する。  言い聞かせるようにまた「大丈夫」と言った。 「俺はお前が知る通り優秀な魔法使いだ。結晶板がなくてもここから二人を連れて西部へ行ける。魔物がどれだけ集まっているか分からないが、ゴアに話せば指示が得られるだろう」 「それまで一人で対峙するの!?」 「出来ることをするだけだ」 「だけど……っ!」  それ以上言葉は続かなかった。  一緒に行ったところで足手纏いになることは分かっていた。北部へ戻ってゴアに電話を入れたとして、討伐隊が西部へ到着するのはどう早く見積もっても日没後になりそうだ。  フランの方を見る。珍しく穏やかな顔をしていた。  私は小さく頷いて、本日二度目となる王の門を潜った。
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