六月「胸が苦しい」

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 駅手前の信号待ちをしている壱臣にようやく追いついた雲雀が、隣に並んでその横顔を確認すると。  壱臣はすっかり、いつもの冷静で澄ましたような表情をしていた。  機嫌は直った。そう思うと安心できるのに、雲雀の中では不思議と残念な気持ちが芽生えてしまう。  壱臣の貴重で繊細な照れ顔を、もう少しだけ見ていたかったという欲のせいで――。  朝の混雑する駅構内に到着して、改札口を通過した二人。  雲雀の職場方面と壱臣の高校方面は逆方向の別路線なので、ここで分かれることになる。 「じゃあ、私一番ホームだから」 「……俺は二番なんで」  久々に晴々とした空の下を、義弟と仲良く歩いてくるはずだった。  けれど自分が招いた悪ふざけのせいで、若干のモヤモヤを抱えている雲雀。  それを清算するためにも、もう一度壱臣に謝罪した。 「さっきは本当にごめんね。悪ふざけは良くなかった、壱臣くん恋してるお相手がいるのに」 「は⁉︎ ま、まだ断定していませんけど」 「そうだっけ? どっちにしてもこういうことは好きな人としたいよね。もうしないから安心して」 「ッ……」  その言葉にピクリと眉根を寄せた壱臣だが、雲雀はそれに気づくことなく「いってらっしゃい!」と手を振ってくる。  見送られるしかなくなった壱臣は、二番ホームに向かう階段を上る中。  雲雀の無自覚な言葉を思い出して、大きなため息をついていた。 (“もうしない”って、そういうことじゃないのに……)  突然触れられた手のひらに驚いた時には、抵抗する間もなく握られていて。  たとえ悪ふざけだったとしても、雲雀からの接触行為に嬉しさが一気に込み上げてきた壱臣。
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