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駅手前の信号待ちをしている壱臣にようやく追いついた雲雀が、隣に並んでその横顔を確認すると。
壱臣はすっかり、いつもの冷静で澄ましたような表情をしていた。
機嫌は直った。そう思うと安心できるのに、雲雀の中では不思議と残念な気持ちが芽生えてしまう。
壱臣の貴重で繊細な照れ顔を、もう少しだけ見ていたかったという欲のせいで――。
朝の混雑する駅構内に到着して、改札口を通過した二人。
雲雀の職場方面と壱臣の高校方面は逆方向の別路線なので、ここで分かれることになる。
「じゃあ、私一番ホームだから」
「……俺は二番なんで」
久々に晴々とした空の下を、義弟と仲良く歩いてくるはずだった。
けれど自分が招いた悪ふざけのせいで、若干のモヤモヤを抱えている雲雀。
それを清算するためにも、もう一度壱臣に謝罪した。
「さっきは本当にごめんね。悪ふざけは良くなかった、壱臣くん恋してるお相手がいるのに」
「は⁉︎ ま、まだ断定していませんけど」
「そうだっけ? どっちにしてもこういうことは好きな人としたいよね。もうしないから安心して」
「ッ……」
その言葉にピクリと眉根を寄せた壱臣だが、雲雀はそれに気づくことなく「いってらっしゃい!」と手を振ってくる。
見送られるしかなくなった壱臣は、二番ホームに向かう階段を上る中。
雲雀の無自覚な言葉を思い出して、大きなため息をついていた。
(“もうしない”って、そういうことじゃないのに……)
突然触れられた手のひらに驚いた時には、抵抗する間もなく握られていて。
たとえ悪ふざけだったとしても、雲雀からの接触行為に嬉しさが一気に込み上げてきた壱臣。
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