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俺の願いに反して、週末は気持ちの良い青空が広がっていた。
俺は約束通り、咲弥と桜並木へと向かった。
角を曲がり桜並木が見えた瞬間、咲弥が感嘆の声をあげる。
「うわぁ! 父さん! すごくキレイだよ!」
「あぁ、そうだな」
桜並木はこれまでと変わらず、見事だった。でも、俺の気持ちは去年までとは違う。桜並木を一歩、また一歩と進むごとに気持ちが沈んでいく。
すると、前を歩いていた咲弥が舞い落ちてきた桜の花びらを捕まえようと奮闘し始めた。
──あ……
そんな咲弥を見て、高三の春の出来事を思い出した。
***
高三の春のあの日、強い風が桜の花びらを舞い上がらせた。はらはらと舞い落ちてくる桜の中、笑顔の絵美が乱れた髪を整える。そして、羨望を含んだ声でつぶやいた。
「本当に綺麗……桜を見てると、今抱えている悩みがちっぽけなものに思えてくるから不思議よね」
「悩み?」
絵美に聞き返した時、再び強い風が吹き、花びらが舞い落ちてきた。絵美が花びらを掴もうと右手を伸ばすが、空を掴むだけで、花びらは逃げていく。
「夢を掴もうとしても、簡単に逃げられちゃう」
絵美が少し寂しそうに笑った。そんな絵美を見て、俺は落ちた桜の花びらを拾い絵美の手のひらに乗せた。
「柏木くん?」
絵美が不思議そうに首を傾げて俺を見る。
俺は花びらを乗せた絵美の手を両手で包み込んだ。
「落ちたら拾えばいい。無くなるわけじゃないんだ。何なら、俺が幾らでも拾ってやるよ」
絵美の目が大きく見開かれた。
「……ありがとう」
絵美が顔を真っ赤にして俯いた。
***
──あぁ、だからたくさんの桜か。俺はちゃんと拾ってあげられたんだな。
その時、強い風が吹いて、桜の花びらが舞い落ちてきた。それが絵美からの返事のような気がした。
「とった! 父さん、花びらとったよ!」
道の少し先で咲弥が嬉しそうに叫んだ。それを見て、俺は落ちた花びらを拾って咲弥に返事をした。
「父さんも花びら取ったぞ」
咲弥は怪訝な顔をしていたが、俺は満面の笑みを浮かべ歩き始めた。
ミルキーブルーの空とミルキーピンクの桜。今日は春らしい写真が撮れそうだ。
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