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3話 こもり姫、決意する。
「豚骨ラーメン、大家さんと昨日食べました」
「すごいな、大家さん」
「八十超えてて迷わずラーメン食べられるのは羨ましいかも」
「だな」
俺たちは大家さんを含めた三人でよく来た店を回っていた。
ヒメちゃんが言い出したわけでもなく、俺が言い出したわけでもない。
今まで当然のように選んだ散歩道を思い出すようになぞっただけだ。
「ここ、住みやすかった。引っ越したくない」
ヒメちゃんは小さな手持ちバッグを強く握る。
「近くにもアパートはある」
「不便な気がする」
「どうだろ?」
「この街、住みやすいと思う? スーパーまで自転車で二十分。娯楽も多くはない。楽しかったけど、それって」
「分かった。探そう、いい部屋。どうせ引っ越さなきゃいけない」
「それは分かってる。ううん、そうだね。ミノルくん、私の引っ越し手伝って」
「ああ」
コンビニでサンドイッチを買って、木製ベンチと鉄棒だけの小さな公園で昼食を食べる。
ヒメちゃんは買い物袋を漁ると嬉しそうに抹茶オレを取り出した。
「こだわりは? 部屋の」
「風呂トイレ別」
「それと?」
「セキュリティ高めの部屋。ガードマン一人はほしい。私をいつも守ってくれて、朝は起こしてくれてごはんも用意してくれて、服も用意してくれて、弁当も用意してくれて、洗濯物もやってくれて」
「王族か。ちゃんとした条件を教えてくれ」
「けち」
「どういうことだよ」
「二階以上の部屋。スーパー近め、駅近くが嬉しいけど騒がしいところは苦手かも」
「あとは?」
「カーテンを開けたら日向ぼっこできるところがいい。気持ちよく眠れそう」
「寝ること本当に好きだな」
「最近は特に。夢と知りせば覚めざらましを」
「いつまでも引きこもっていられない。現実逃避せずに部屋探しするぞ」
「うん。分かってる。大丈夫」
アパートに戻ると、外で大家さんがほうきを持っていた。
「どうだった?」
「懐かしいみたいな」
「ミノルくんの話なら聞いてくれると思ったから」
「部屋探してくれるそうです」
「良かったわ」
「うん。私、部屋探すことにした。引っ越します。ミノルくん、お手伝いよろしくお願いします」
「へ? ええ」
「ミノルくん。ヒメちゃんが引っ越しまでいてくれないかしら。前の部屋使ってていいわ。布団は……」
「座布団かしてください。それで寝ます」
「大家さん、迷惑かけました。私、頑張る!」
ヒメちゃんは自室へ走っていった。
「やっぱりミノルくんのこと待っていたのかしらね。あの子、ミノルくんのこと大好きだから」
「そうですか?」
少なくとも恋愛としてではないと思う。
それに面倒だから引っ越し先を探していなかったのだろう。
『引っ越したくない』
そう言ったヒメちゃんの表情は一体どんなものだっただろう?
本当に俺を待っていたのか?
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