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7話 こもり姫、集う。
それから二年が経った。
「で、間に合ったのかしら?」
「大家さんまたその話ですか!」
「あら、老化すると記憶力が落ちるものですからね。何度も聞きたいわ」
「同棲開始日を一週間間違えていて、私の部屋まで飛んできましたよ? 来ないのかって。あらやだ、強引ボーイ」
「お熱いのね。でもしつこい男はだめよ?」
「ただの勘違いだから! もう何度目だよ」
定期的に三人で集まって食事をしている。
大家さんは娘夫婦とうまくやれているらしい。
様々な家事スキルで活躍しているとか。ご近所さんにも大変気に入られているらしく、元アパートの住人としては鼻が高い。
今日は唐揚げ定食である。
俺とヒメちゃんが唐揚げ四個のメニューに対して、大家さんは七個ほど食べていた。本当によく食べる人である。
「今でも結婚報告や子供ができた、孫ができたみたいな報告を住んでた人から聞くことがあるもの。やめてからもまだまだ楽しいものね。今はもっと長生きしなきゃいけない理由ができたけど」
「ふむふむ。私とミノルくんの結婚報告ですよね!」
「え、結婚報告?」
「そうよ、そうよ。妊娠報告、出産報告も順次受付中よ」
「任せて!」
「……ヒメちゃん。大家さんに乗らなくていいんだが」
「そんな大家さんに報告があります。私たち婚約しました!」
「めでたいわね。唐揚げ追加する?」
「分かりました。追加します」
「私は大家さんの奢りでチーズケーキです。期間限定、むふふ」
「あら、ヒメちゃんはうわてね。任せなさい」
ヒメちゃんも俺も大家さんもわがままがあって、でもそれは対立してないのだからかなえたら良いという単純な話だった。
もうアパートは取り壊されてしまったが、こうして俺たちの関係は続いている。
「一回目の引っ越しに関しては急なのもあって反省点は少なくありません。でも二回目に関してはハッピーでしたね。朝起こしてくれる人もいて、家事もしてくれて、たくさん面倒見てくれます。優良物件です、ミノルくん」
「恋愛や結婚の相手を物件になぞらえることはあるけど、急に俺の話に振るなよ」
「照れちゃいました」
「あらやだ」
「もう、なんでもいいですよ」
唐揚げを頬張りながらタッチパネルで注文を進める。
「俺もケーキかな。なら」
「あたしもよ。若い者には負けるわけにはいかないもの、ええ」
「私も負けないわ!」
「なんだその勝ち負けは」
ケーキが運ばれてくる。
フォークで一口サイズに切って食べた。
ほどよい酸味と少し焦がしてあるタルト生地の甘さが合う。
チーズには生クリームが練りこまれているのか、舌に乗せると熱で溶ける。瞬間、ふわっとした優しい触感が口の中全体に広がっていく。
「うまい!」
「美味しいわね」
「むふふ、なのですよ!」
大家はスマホを取り出して写真を撮った。
「写真投稿しなきゃ。ってあの子、パフェ食べてるじゃない! あたし、気になるわ」
大家さんは大食いだ。それにうまくスマホを使っているらしい。
でも、スマホがあるからこそか。
どこへ行っても引っ越してしまって物理的な距離があってもやり取りができる。
「大家さん、今度行きましょう。いいでしょ、ミノルくん」
「もちろん」
引っ越しをしても前の生活がなかったことになるわけではない。
自分のわがままのために動くことで、意外となんとかなることもある。
それと、忘れ物をしたときはできるだけ早く取りに帰るべきなのだろう。
「ミノルくん、どうしたの?」
「楽しいなって思った」
チーズケーキの最後の一欠片を口に放る。
水を呷った。
それでも濃厚な旨味は残ったままだ。
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