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隣の家に彼が引っ越してきたのは小学生の頃だった。
「昨日引っ越してきた鈴原です。よろしくお願いします」
両親と一緒にぺこりと礼儀正しくお辞儀をする彼に私は一目惚れをした。
彼が眼鏡をかけていたせいかもしれない。眼鏡はかっこいい。モテたい男子は全員眼鏡をかけたらいいと思う。
「島崎です。こちらこそよろしくお願いします」
「ほら、桐人も挨拶して」
「よろしくお願いします」
そのたった一言で私の恋はさらに深く落ちた。
まだ声変わり前のはずなのに、彼の言葉は私の心にダンディに響いた。
さらに話を聞くと、どうやら彼は私と同い年だそうだ。お隣さんということは小学校も同じ。もしかしたら中学校も高校も。
その時点ですでに私の作戦は固まり始めていた。
鈴原家が帰ると私はすぐ階段を上って二階の自分の部屋に戻り、机に乱雑に置かれた漫画本を開く。お気に入りのシーンでこれまで何度も読み返していたので、ページには折りグセがついておりすぐに開いた。
主人公の女の子と超絶イケメンの男の子が並んで桜の樹を眺める場面だ。
ひらひらと光を纏いながら舞い散る花びらを見ながら主人公は「綺麗だね」と呟く。隣の彼は眼鏡を指で触りながら「本当に」と短く答えるだけ。それでも二人の間には言葉にできないほどの恋心が共有されていた。
いつか、と私は夢見ていた。
いつか好きな人と一緒にこんな風にお花見をしたい。
「お花見スポット?」
私が質問すると、お母さんは不思議そうに訊き返した。
私は頷く。
「うん。できれば広くて静かで、他に誰もいなくて、ちょっと丘になってて一番上に一本だけ綺麗な桜の樹が立ってるとこがいい」
「そんな検索条件じゃ何もヒットしないよ」
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