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 お母さんは苦笑しながらなんだかよくわからないことを言った。  私が首を傾げていると「まあ条件なしでもヒットしないか」とさらによくわからないことを言う。 「どういうこと?」 「だってうちの町で桜あるの学校くらいだもん」 「マジ?」 「マジ」  夢が潰えた。  とぼとぼと自分の部屋に帰りながら、住んでいる町を恨んだ。一本くらい植えといてくれてもいいじゃない。  自室の扉を開けると、目の前に大きな窓がある。そこからは青空の隣の家が見える。  向こうの家はまだカーテンがないらしく、中が丸見えだ。  そこには鈴原くんがいた。  奇跡的にも部屋の窓の位置がお互いを見える位置だったらしい。彼はこちらに気付くと、ぺこりと小さく頭を下げた。私も慌ててお辞儀を返す。  すると窓の向こうの彼が薄く笑った。眼鏡がきらりと光って、私の胸はバクバクと高鳴る。  親に呼ばれたのか、彼はすぐに部屋から出て行った。  私は爆音の心臓を押さえながら彼のいなくなった部屋をぼんやりと見つめる。そうしていると、ふつふつと自分の中にある思いが湧き上がってきた。  諦めたくない。  私は彼とお花見がしたい。でも、この町に桜はない。  腕を組んで悩みながら私はまた窓の外に目をやった。屋根を伝えば渡れるほどの近くはない彼の家。  ふと、ある光景が浮かんだ。 「もしこの窓の間に桜の樹があったら?」    言葉にすると、目の前の光景にはっきりと桜の木が見えた。  二人の家の間に咲き誇る薄桃色の花木。私と鈴原くんはお互いの部屋の窓からそれを眺めて、時折目を合わせて微笑み合う。綺麗だね、と私は口の形だけで伝え、本当に、と彼は優しく頷く。  広くも静かでもなく丘でもないけれど、二人だけのお花見。 「──最高」  ひとつ呟いて、私はすぐに貯金箱を割った。こぼれた小銭をひっつかんでホームセンターに向かう。  かくして私は彼とお花見をするため桜の樹を育てることにした。  はずだった。
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