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「あっ、これあげる。ずっとその体勢でいたら寒くない?」
俺は持っていたペットボトルのお茶を一本差し出した。だけど女の子は眉間に皺を寄せたまま、微動だにしない。
そりゃそうだよな、いきなり話しかけられたら警戒するに決まってるーーそう思っていたのに、女の子は両手でお茶を手に取ると、深く頭を下げた。
「ありがとう。寒かったから嬉しいです」
見た目からのイメージ通りの可愛い声と、ペットボトルを頬に当てながら、ほうっと息を吐いた仕草に、俺は思わずドキッとする。
「……お花見の場所取りですか? だいぶ前からいますよね」
まさか彼女に認知されていたとはーーちょっと驚いた。
「……あれ、もしかして見てた?」
「ええ、座ったまま下を向いて全く動かないから、人形なのかなって思ってました」
「寒いからね、動けなかっただけ。そっか、俺も下ばかり見てたんだ」
「お花見なのに、変な人がいるなと思っていました」
「なるほど。お互い様ってことだね。で、君は何をしていたの?」
女の子はしばらく黙ってから、自身の足元を指差す。だから俺はつられて下を向いた。
そこにはただクローバーが生えているだけで、なんの変哲もない地面。俺は意味がわからず首を傾げた。
「探してたんです。四葉のクローバーを」
「四葉?」
足元にはそれはそれは広大なクローバー畑が広がっている。この中から四葉のクローバーを探すなんて無謀な気がするのは俺だけだろうか。
「今"無理だ"って思いましたよね?」
「……いや、全然」
「嘘ですね」
「で、でも、ほら、四葉のクローバーが欲しい理由でもあるの?」
女の子の口の端がピクッと引きつったように見えた。それから再び俯いたので、きっと何か理由があるみたいだ。
でも今の仕草を見る限り、触れてほしくないのかもしれない。
「場所、変えてみるのはどう?」
「えっ?」
「ほら、あっちの方にも緑っぽいのが見えるし」
俺が場所取りをしていたところよりももう少し奥の方に、桜の真下ではないけどひらけた場所があり、そこにはクローバーがたくさん生えてるように見えた。
だから提案してみたのに、女の子の表情はみるみる曇っていき、それから俺に背を向けたのだ。
「お友達、来たみたいですよ」
彼女に言われて慌ててブルーシートの方を見てみると、友人が二人ほどこっちに向かって手を振っていた。
「あっ、本当だ」
「……私はもう少しここにいます。お茶、ありがとうございました」
俺、なにか悪いことを言ったのかなーー拒絶された感じがして、ちょっと悲しくなる。でも仕方ないし、とりあえず友人たちの元に戻った。
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