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1.文化祭の魔法使い
約束の時間より少し早く金町駅の南口に着くと、文化祭で見た美少女が立っていた。こんなことを言うとあれだけど、地雷系だのゴスロリだのを着てる子は顔ががっかりだったり、スタイルがむちむちだったりすることが少なくない。実際、風変わりな衣装への意地悪な視線は都心部に近づくにつれて増えていくように感じる。ところが幼馴染のこいつは控えめに言っても完璧で、高校生になっても声変わりしない甘い声で、
「ねえ、お花見楽しみだね」とぼくを媚びるような目で見上げる。
千代田線が揺れるたびによろけそうになる仕草も相俟って、本人はそんなつもりはないのに詠唱なしの究極魔法のように一瞥で、イヴィルアイの魔獣たちを退治してしまう。
すべての始まりは去年の文化祭だった。あ、ここから物語を始める方がよかったかな。クラスでメイドカフェをやろうと決めたのはよかったんだけど、ちょっとご時世的によくないんじゃないかという意見が職員会議で出たらしい。
「女子に性的役割分担を押しつけてるとかなんとか……」
担任の女性教師が「けっ!」って感じで言う。この人はぼくが「先生」と呼ぶ数少ない教師だ。
すると藤代さんが何か思いついたような顔をして、
「一日だけ待ってください」と言った。彼女は四文字熟語で言うと才色兼備のクラスのリーダー的存在だ。
次の日のことは容易に想像できるだろう。バッチリメイクにゴスロリファッションを前に担任は言った。
「うん、かわいいね。……誰? どこから連れて来たの?」
無理もない。クラスで藤代さんよりかわいい女の子はいないから。
「ふふふ。小絹健太くんを忘れました?」
「あ……」
あっけにとられた表情から、何とも言えない女の表情になったのをぼくは見逃さなかった。
「藤代さんって、ゴス好きだったんだね」
後から訊いてみた。
「そうだったけど、もう卒業しようかなって。小絹くんには逆立ちしたって勝てないもの」
藤代さんって頭はいいけど、どこか抜けてるところがある。
文化祭は大成功だった。陽気で甘ロリの藤代さんと一切しゃべらないゴスロリの健太のコンビ見たさに長蛇の行列ができた。とは言え、健太のメンタルがやばくなることが何回もあって、ぼくが話を聴いたりした。
「本当はこんな格好したくないの」
「じゃあ、なんで引き受けたんだ?」
「ごめん。藤代さんに、やらなきゃメイドカフェできないって言われて」
「もうできたんだから、いつ辞めてもいいじゃない」
「そっか。辞めてもいい?」
「うん、辞めたい時はぼくに言って」
健太は嫌がってるばかりじゃないとぼくは見ていた。ふだん目立たないで非力な自分がちやほやされる演技のおもしろさを感じているんじゃないかと。ただ「女装してる変態」の自分と引き換えでないとそれは得られない。そういうアンビバレンスがあるのかなと思った。
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