お花見

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お花見

高校二年生の私──桜木華は、今年も憂鬱な季節”春”を迎えた事を辛く思っていた。 私の記憶の中で”お花見”は、「楽しかった!」と言えるものでは無く、人生で一番沈痛な気持ちになったイベントだ。 だから学校で、友達が声を掛けてくれても「ごめん⋯⋯ちょっと用事があって行けない」と断って来ているのだ。仲良くしている人にまで嘘を着くのは心苦しいが、本当に桜を見るのが怖いのだ。 お花見なんて⋯⋯最悪な思い出の一つに過ぎないというのに。 ☆。.:*・゜ 私の家族は、毎年必ずお花見に行くのが恒例だった。勿論、幼い頃は楽しみで待ち焦がれていた程に好きだった。 そして高校一年生の春。単身赴任の父が戻って来て皆で行ける機会が出来て、喜んでいた。 そんな最中、父と母が密談をしている現場を目撃したのだ。何を話して居るのか気になった私は、耳を声のする方へと近づける。 「私ね、あの子達には秘密にしていたのだけれど、心臓病を患っているみたいなの⋯⋯。」 「ごめん⋯⋯傍に居てあげられなくて。夫として不甲斐ないよ」 「そんな事ない、必死に働きに行ってくれてるじゃない⋯⋯でも、私次の検診では必ず入院をしないといけないの。だから、せめてお花見だけは皆で行きたいのよ」 「そうだね、分かった⋯⋯!」 父は、薬と緊急用の備えを鞄に入れて置くらしい。 体調も悪化して行っている様に見えるけれど、ここで止めてしまったら母ともうお花見が出来なくなってしまう。あえて、気付かないふりをしてお弁当作りなどを手伝った⋯⋯なるべく負担を掛けないように。 「お母さん、お弁当楽しみだね!」 「そうね〜、皆で楽しもう」 そうして、車に乗って大きな桜の大木のある広場公園へと向かった。今の所、母の体の調子は良いみたいで安堵する⋯⋯。 母は、いつも自分の事より家族を⋯⋯他人を優先してしまうところがあった。その優しさが自分の身をぼろぼろにしている事を本人は気づいていない。だから、少しでも役に立とうと頑張っていた。 十分くらいで、広場へ到着した。ブルーシートを広げ家族で腰を下ろす。早速、お弁当を広げてお箸を握る。あっという間に完食し、 「ごちそうさまでした〜!」 と手を合わせる。満腹でもう幸せ気分だった。 「美味しかった?」 そう聞かれ、笑顔で頷いた。妹──颯姫は可愛らしい笑顔で、 「うん!またみんなで食べたいな〜!」 と、素直に言っていて愛らしかった。 「⋯⋯そうだね!」 何処か切なげに微笑する姿に胸が苦しくなる。私は、俯きながら舞い落ちた花びらを見つめていた。その一瞬の事だった。母が目の前で⋯⋯ぱたりと倒れたのだ。 それに気がついた父は、慌ててこちらの方へ走って向かってきた。 「ママ、どうしたの?」 颯姫が不思議そうに聞いてきた。嘘は、人を不幸にもするし救う事もある。私は、ここで本当の事は言えない。 「だ、大丈夫だよ颯姫! お母さん、疲れて倒れちゃったんだよ⋯⋯」 笑顔を取り繕って、そう言った。そして、普段嘘を言わない父も頷いた。 急ぎで病院へと運ばれて行った。病室へ移された母の体には機械が沢山繋がれていた。このまま⋯⋯目覚めないのかなと思うと怖かった。 「ママ、いつ起きるのかな?」 「分からない、でも早く⋯⋯起きて欲しいね⋯⋯」 その光景を見ていたのか、父の目からは大粒の涙が頬を伝って流れ落ちていた。 「目を覚ましてくれ⋯⋯」 そう囁いた父の想いが通じたのか⋯⋯否か。母のは少しだけ意識を取り戻した。 「あなた、ごめんなさい⋯⋯ね。 まだ、大丈夫だって思ってたのになぁ。無理しすぎちゃったのかな⋯⋯?」 「ううん、俺達家族の為に頑張ってくれたじゃないか。だから、悔やまないで⋯⋯?」 「ありがとうね⋯⋯私、あなたと出会えて⋯⋯二人の子供を授かれて嬉しかった⋯⋯。 だけどもう、身体が持たないって⋯⋯だから、私達の大切な宝物をこれからも守ってあげて欲しい⋯⋯」 「そんな、もうお別れの様な事言わないでくれ⋯⋯まだ、君と子供達と一緒にしたい事がいっぱいあるんだよ⋯⋯?」 「ごめんね⋯⋯本当に。 せっかくのお花見がこんな事になってしまって。華、颯姫⋯⋯もうお母さんは一緒に居られないけど、一生懸命生きるのよ⋯⋯?」 「うん⋯⋯」 私は、ただその一言しか発する事が出来なかった。 そして、お母さんは優しい表情を見せてにこっと微笑んだのを最期に、この世を去ってしまった。 それから私は、お花見に行く事が嫌になった。大切な物をこれ以上失ってしまうのが怖くて堪らないのだ。だから、大人になった今も桜並木を歩く度、顔を上げられない。 ──これから先、お花見をする事はないだろう。 そう思っていた⋯⋯彼と出逢うまでは。 ☆。.:*・゜ 私が務めている大手企業会社の同僚──葉桜勇心君とは、同じ担当を受け持つ事が多くて、そこから親しくなった。一緒に仕事をしていて楽しくて、ずっと二人で居ても飽きなくて⋯⋯。でも時間だけはどんどん過ぎていき、彼への想いは大きくなって行く一方だった。 そんな時⋯⋯会社へ新しく新入社員が二人入って来た。どちらも可愛くて、男子からの人気も高そうな事が、外見からも性格からも伝わってくる。 親睦会という名の飲み会が今日、行われる事になった。 二人とも、勇心君を射止めたいらしくてぐいぐいアピールをしている。その光景を見るのが辛くて他の同僚の人達と話す。あっという間に梅酒を五杯飲見終えた頃、解散する事になり私は立ち上がった。そして外の夜風に当たりながら一人、家の方へと歩き出していた。 すると、後ろから「はなー!」と追いかけて来る人がいた。振り向かなくとも声で誰なのか分かる。 「ゆーしん君?家、こっち方面だったのー?」 「うん、せっかくだから一緒帰ろ」 こんなに嬉しい事は無い。この沈黙の時間も彼なら退屈しない。せっかくのチャンスだと思い、私は質問を投げかける。 「ゆーしん君は、あの新人の子達⋯⋯好き?」 「⋯⋯うーん、正直ああいう風に無理やりな子は苦手だよー」 「そうなんだー、良かった⋯⋯」 うっかり本心を呟いてしまった事に後から気付き顔が真っ赤に染まる。それを見た彼も驚きで目を丸くした後、そっぽを向いていた。 きっと、振られるよね⋯⋯分かってるよ。 「ね、はなー」 いきなり名前を呼ばれ、「はいっ!」と力んだ返事をしてしまった。 「あの、俺。華の事がずっと前から好きなんです⋯⋯だから、俺と付き合ってください」 普段、柔らかな感じの表情を出しているのに⋯⋯今は本気の目をしている。こんな私と両想いになってくれるなんて⋯⋯幸せ者だ。 「私も勇心君が大好きです、よろしくお願いします!」 頭を下げて、そう答えた。ふと、顔を上げると勇心君は「やったー!」と声を上げ、私をそっと抱き締めてくれた。その温もりで私の心はいっぱいになる。 桜並木の下で、私は幸せを噛み締める。 「不束者ですがよろしくお願いします!」 そして、時は流れ彼とは三年くらい付き合った後、婚約をした。 今では、二児の母。この子達もまた、お花見に興味津々のようだ。 あまり乗り気では無い私ではあったが、子供の願いはできる限り叶えてあげたい。そういう思いでお弁当を作っていた。 「ママ〜、早くお弁当食べたいな〜!」 「私も〜!」 元気いっぱいの子供達と勇心君と一緒に、母とあの頃座った桜の木の下でご飯を食べた。もう二度と来ることの無いと思っていた”お花見”を私の大切な人達と来たことで気持ちが変わった。 桜はいずれ花びらが全て散ってしまう。そして、人もいつかは命尽きる日がいずれやって来る。 それでも、最後まで大切な者の為に精一杯生きようとするんだ。きっと、母もそうだったはず。 大切な人を想う気持ち、今ではよく分かる。そして、私もいつかは母の元へと旅立つ日が来るだろう。そして、また新たな生命として生まれ変わる。 桜も同じだ。全て散ってもなお、新たな花を咲かせてくれるのだ。そう考えると桜は、私の気持ちを分かちあってくれる友の様な存在に思えてきた。 ──桜と人は、似た者同士なのかもしれない。 満点の青空を見上げ、お母さんにこう告げた。 「お花見、とっても楽しいね!」 と。
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