花の残滓

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 その都市には、花が咲く隙間などはなかった……たった一輪たりとも、だ。  そこは人間に残された最後の場所で、人は先人達が残したゴミの中で生活していた。  人間が地球を支配していた? そんなのは遠い過去の話にすぎず、人は四苦八苦、青息吐息でなんとか命を、世代を不浄な世界で繋いでいた。  その都市の病院で、不治の病にかかった女性が日々終わりへと向かう命の中、生きた証拠を残すように、せっせと刺繍針を動かしていた。  彼女の子供は母親への見舞いの品に、ゴミの山の中に落ちている糸くずや布切れ、プラスチックの欠片……彼女の心を慰められる、僅かに美しいモノを運んでいた。  彼女が何を作っていたのか、それは彼女が死ぬまでわからなかった。  彼女が黄泉の世界に向かい、残された子供は泣きながら彼女の刺繍を広げてみた。  表れたのは、デジタルデータの残滓にしかないような、見事に満開の枝を広げる一本の桜の木だった。  子供の運んできたガラクタは、大きな幹に美しい花びらになり、もう人間の世界にはない清浄な春を満開に咲き誇っていた。  ゴミ溜めの中に生きる人々は、本物以上に本物らしい偽物の花の、その作品を全ての人が見えるところに飾り、幻の花の下でささやかな安らぎを得たのだった。
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