三題噺『真っ直ぐガールと、』

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三題噺『真っ直ぐガールと、』

三題噺 お題 『夕暮れの街』『軌道』『(うた)う』  会社帰りの人間の群れを、遠慮なく(くぐ)り抜けて、夕方のビル街を脱出する。人気の無い住宅街を通り、半分死んだような商店街に出る。  シャッターが閉まった大衆食堂と、しなびたブティックの間に、弱々しく収まっている『◯◯レコード店』、そこに行くのが放課後のきまり。  人気(ひとけ)が無い店には似合わない自動ドアを通って、奥にいるであろう店主に向かって挨拶をする。 「美咲さん、ただいまー」 「おかえりー零ちゃん。今日も歌ってく?」  このレコード店には、なぜか家庭用カラオケ設備がある。  昭和歌謡のレコードや民謡のCDをメインに取り扱っているこの店だが、初代店長のおばあちゃんが亡くなってからは、美咲さんの趣味に侵食され始めている。  マイナー映画のビデオを販売したり(DVDじゃない、VHSという私が生まれる前の遺物だ)、手塚治虫の知らない漫画がたくさん並べてあったり、横道にそれていて、居心地が悪い。 「まずは部活の課題曲の練習がしたい」 「あの讃美歌みたいなやつね。零ちゃんの声とても綺麗だから、毎回浄化されかけるわー」 「美咲さんって悪魔なの?」  そんな気はしてたけど。物腰やわらかなのに、目つきが(うれ)いをおびていて、私とは別の生き物みたいで苦手なんだよね、美咲さんって。見た目は、黒髪を後ろで一つ結びにしている地味なアラサーのお姉さんなのに。  悪魔を浄化してやろうと、今持っている技術を駆使して、全力でカンツォーネを歌った。しかし、悪魔は除霊されることなく、穏やかな笑みを浮かべて拍手をする。やっぱ歌謡曲で除霊は無理か……いやいや美咲さんは人間だって、何やってんの私。  息が乱れてきたので、美咲さんからお茶をもらって休憩。そうだ、言っておかなければいけないことがあった。 「私、予備校に行くかもしれないから、こっちに通うのやめるかも」  別に未練はない。この店には行きたくて行っているわけじゃないから。  小学生の頃からこの近くに住んでいて、放課後は、おばあちゃんが経営しているこの店に預けられる決まりになったのだ。今は遠い親戚の美咲さんが店長をやっているけど。お母さんから通うのをやめろと言われてないので、まだ学校帰りに通い続けている。  美咲さんは寂しそうな目で私を見つめる。そんなにジッと見ることないだろ。ぞわぞわする。 「そっかー……もう高校生だもんね。部活動は続けるの?」 「うん。うちは弱小同好会だから、活動週三だし、両立できると思う」  お母さんの勧めで小学校の合唱部に入り、その流れで中学でも合唱部に入った。お母さんの希望で進学した高校には、合唱同好会しか無かったが、特に止められなかったので入部した。  よし。そろそろ休憩終わろう。 「なんか七十年代の歌謡曲歌いたい気分」 「じゃあリクエスト入れるねー」  勝手に曲を入れられた。私も好きな歌だったから、別にいいけど。夕暮れのさびれた商店街にぴったりな、哀愁が漂う曲。  歌うことは好きだ。私の声を楽器みたいに使って、歌詞をなぞって感情を表現する。いつも歩いている道から別世界にトリップ。それが許されるのは歌の中だけだ。  美咲さんのリクエストに応えて三曲歌った。フラストレーションを発散。 「あースッキリした」 「零ちゃんは本当に歌が上手ね。プロ目指せるわよ」  そんなわけない。否定しようとしたけど、なぜだか心が凍りついて、動けなくなる。 「……なれるのは才能のある一部の人だけってお母さんが言ってた」 「そんなのやってみないとわからないわよー」  美咲さんは軽いノリで私を励ました。なんなんだよ。 「というか零ちゃん、歌手オーディションの二次選考通ってたわよ」  は?  美咲さんがスマホのメール画面を見せてくる。そこには私のフルネームと全国的に有名なプロダクションの歌手オーディションの名前、そして『二次選考通過のお知らせ』という文字。 「えっなにそれ!?私応募したおぼえ無いんだけど!?」 「だって私が勝手に応募したからね。書類も勝手に作って、歌ってる動画も隠し撮りして提出しちゃった」 「はぁああああああ!?」  今度は頭に熱いものがこみあげてくる。怒りだ。ふざけんな。 「辞退の連絡させて!こんなことしてるってバレたらお母さんが悲しむ」 「もったいないよ。せっかく二次まで通ったのに」 「お母さんは、私が安定した道を歩むことを望んでいるの!途中で軌道(きどう)を変えるのは許されないんだから!」  美咲さんが悲しそうに目を伏せる。なんだよ。勝手に私の道を邪魔されて、泣きたいのはこっちだ。 「お母さんには私が全てなんだから!お母さんを安心させるために私は現役で国立大学に入って公務員にならなきゃいけないの!歌手なんて夢見てる暇はないの!」  心に任せて叫ぶ。合唱を始めてから喉を大切にするように気をつけていたのに、今ので台無しだ。 「……ねえ、零ちゃん」  背筋がビクッとした。静かに(さと)すような声色(こわいろ)で話しかけられたからだ。てっきり感情論でなだめられると思っていたのに。  逃げ場を求めて窓を見る。夕焼け色の空にポツンと白い三日月が浮かんでいた。 「零ちゃんが自分の歩んでいる道を大切にしているのはわかったわ。それでも、歩きながら道の外に種を()くくらいはいいと思うの」 「種……?」  美咲さんの言っていることが本気でわからなくて、問いかける。 「今やるべきことが疎かにならない範囲で、色々な経験をしておくの。そしたら、案外人生で役に立つことがあるかもしれないよ」 「でも……オーディションなんて、落ちたら意味なくない?」 「たとえそうだとしても、数十年後、昔植えた花が人生に彩りを与えてくれることもあるのよ。場合によっては、今歩いているはずの道と融合したり」 「ほんとかなぁ……?」  詭弁(きべん)に聞こえなくもないんだけど。 「ほんとよ。私だって受験勉強の息抜きに、店に通い続けたことがきっかけで、店長の座をもらえたんだから。そうじゃなかったら今頃、パワハラ部署を辞められないまま、心身を壊してたんじゃないかな」  美咲さんは、憂いをおびた目で笑った。人生を俯瞰(ふかん)した目で見つめる奇妙な瞳。その瞬間、長々とした説法が悪魔の(ささや)きに変わった気がした。  でも、今回ばかりは悪魔の囁きにのってもいいかもしれない。自分の道を大切にしながら、道の外にも種を蒔く。その表現はちょっぴり素敵だと思ったからだ。  よし、これは記念受験、記念受験……と心の中で言い聞かせる。 「お母さんにバレない範囲なら、オーディションやってもいいけど、三次選考ってどうやるの?」
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