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三題噺『好きな惣菜生成JK』
お題『校舎裏』『惣菜』『刮目』
購買に昼飯を買いに行けない。なぜなら陰キャだからだ。
弁当を並べた長机の前に群がる陽キャたちの塊に突っ込んで、瞬時に食べたい弁当を選び、「これくださーい!」と声を張りあげる、そんな凄技できるわけない。
私は優柔不断だ。
そのうえ、信じられないほど声が通らない。合唱コンクールの練習中によく怒られていたくらいだ。
そんなわけで、お母さんからもらった昼食代は漫画代にまわすことにする。弁当を自分で作ろうとしても、「南がキッチンに立つとロクなことが起きない」と止めるお母さんが悪い。
スーパーで買った激辛ミントタブレットを数粒食べ、空腹を誤魔化しながら、独りで落ち着ける場所を探していた。私に友達なんていない。
私の机はギャルに占領されているだろうし、空き教室は先生にバレたら面倒だし、トイレは生理的に嫌、としたら校舎裏しかないか。いつものように、生い茂った木のそばで身を隠し、ボーっとしながら時間を潰そう。
そう考え、辿り着いた場所には先客がいた。
腰まである黒髪が特徴的な、細身で背の高い女子。ネクタイの色が青だから同級生だ。両手で紙皿を持ちながら立っていた。
彼女がギュッと眉間にシワを寄せて、苦しそうな表情を浮かべた三秒後……
皿の上に焼き鳥が一本出現した。
そして、焼き鳥がもう一本、加えて丸い唐揚げが続々と無から生み出されてゆく。
私はただただ、奇想天外な光景を、刮目して見ていた。
「……ぅえ!?新手のAR……?」
しまった。衝撃に耐えきれず声が出ちゃった。静かな校舎裏では、私の声も通るみたい。
「……あ、あなたいつから……」
私が見ていたことに気づかれてしまった。
「……あ……えと……」
彼女は顔を真っ青にして挙動不審な動きで、逃げ出そうとしたが、ピタッと止まって、私の方を振り向いた。
「どこから見てました……?」
「あ……無から惣菜を生み出すところから……」
「やっぱ見られてたー!!うあー!!」
紙皿を掲げて、嘆く彼女。息を大きく吸った後、キッとこちらを睨みつけた。
「ここで見たことは絶対に言わないでください!もし言ったら、あなたの机に毎日タレの焼き鳥を入れます!直で!」
「言わないから。机の中ベトベトにしないで……」
逃げ出さずに戻ったのは口止めをするためか。
言う友達もいないし言わないけど。せめて、どういう原理で惣菜を出現させたのか知りたい。
「あの。誰にも言わないからさ。今のどうやったの?それだけ教えて。マジック?」
天才マジシャン少女がこんな田舎の高校にいたなんて驚いた。
「いや……」
彼女は口ごもり、数秒後、諦めたように溜め息をついて、こう言った。
「私、超能力者なんです。無から惣菜を出現させる能力を持っているんです……」
仰天した。人生で最もびっくりした瞬間、おそらく今。
最初は冗談を言っているのかと思ったが、彼女の顔は真剣だ。なによりも、私がその現場を直接見ている。
信じるしかないだろう。
「能力者だなんてすごいね……惣菜を生み出すってところが笑えるけど。あ、でも無からってことは空間操作系か?すごいな……」
「!?」
彼女は目を丸くして、呆然としている。
「信じるんですか……?」
「あ、私、オタクだからさ。非現実的なことが起きても順応が早いのかも。いつも二次元の妄想ばかりしてるから」
「それは……どんな?」
「特殊能力に目覚めたらどうしよーとか、異世界転生しちゃったらどうしよーとか……」
「……?うん?」
ピンときてない顔をしている。うわー!やっぱりオタク的な話は軽々しくするべきではないな。反省……
さぞかしひいてるだろうと思ったが、彼女は安心したように笑っていた。
「よかった……優しい人で」
優しい人?私なんかが?
『ぎゅルルル……』
突如、私のお腹が鳴った。やはりミントタブレットだけでは空腹を誤魔化せなかったか。
「あの……食べます?」
彼女がおずおずと紙皿を差し出してくれた。
「あ、じゃあ焼き鳥を……」
「塩がいいなら今から出しますけど……」
「あ、大丈夫!タレの方が好きだし」
手に取ると、持ち手には「もも」と書いてあった。
私が焼き鳥を食べている間、彼女は身の上話をしてくれた。
名前は津島りり。一年四組。能力に目覚めたのは中学一年生の頃。このことは自分しか知らない。
能力は、放課後にお腹が空いた時と夜食を食べたくなった時にしか使わないそうだ。誰にも知られないように、使用を控えているらしい。
いつもだったら、昼休みにはお母さんお手製の弁当を食べているはずだった。しかし、今日は弁当を忘れてしまったため、能力を使わざるを得なかったらしい。
「その紙皿はどうしたの?」
おとなしそうな子なので、陰キャの私でもガンガン話しかけにいける。
「担任の先生に聞いたらくれました。遠足でバーベキューした時の余りだそうです」
それにしても羨ましい。
「いいなーその能力。購買に行かなくても食料調達できるし」
「あなたも購買が苦手なんですか?」
「も、ってことは津島さんも?」
こくりと津島さんは静かに頷いた。
「私……友達いないから、人混みにいると浮いちゃうんですよね。それが嫌で……」
あんたもぼっちか!高校で初めて同類に出会えた。テンションが上がる。
「わかるよー私も友達いないから」
「うそ!?コミュ力あるのに?」
「えー!?ないない。津島さんにだけだよ」
同類だったから、こんなに話しやすかったんだな。
「あの……あなたさえよければ……」
津島さんは照れながら、提案した。
「明日からも一緒にお昼食べませんか?」
翌日。私は津島さんと校舎裏で昼ごはんを食べることにした。持参したレジャーシートをコンクリートの上に敷き、二人で座った。
津島さんは栄養バランスが整ってそうな手作り弁当を丁寧に食べている。
その隣で私は、津島さんが生み出してくれた焼き鳥と唐揚げとうずらのたまごを揚げて串刺しにしたやつをバグバグ口に突っ込む。
「おいし〜。いいの?こんなにもらっちゃって」
「うん。口止め料ってことで」
「ありがとう。これで購買に行かなくて済む!」
津島さんは口をおさえて、ふふっと静かに微笑んだ。お上品だ。
「津島さんってお嬢様っぽいね。愛されキャラになりそうなポテンシャルを感じる」
「ところがどっこい。友達が全くいないのです」
「ところがどっこいって……」
その後、私たちは『ぼっちあるある』ですごく盛り上がった。津島さんの敬語はとっくにタメ口に変わっていた。
「クラスにオタクが一人もいなくてさぁ。誰とも話せないんだよね」
「わかるかも。私も自分の趣味を理解してくれる人に出会えたことがなくて……」
「もしかして津島さんもオタク系!?」
友達になりたいな。友達になりたいって言ってみようかな。
一週間後。私は今日も津島さんと校舎裏でお昼を食べている。
私が持参した紙皿には、津島さんが生み出してくれた惣菜がいっぱいのっている。
焼き鳥、唐揚げ、うずらのたまごを揚げて串刺しにしたやつ、ハムカツ、きんぴらごぼう、ポテサラ。
「あれ?前より種類増えてる……」
「サービス精神旺盛なので」
「あ、ありがとう」
持参した割り箸で、まずはきんぴらをいただく。美味しい。
実は、私はまだ津島さんに「友達になりたい」と言えていない。
だって……
「…………」
「…………」
盛り上がれる話題が無いんだもん。ぼっちあるあるのネタも尽きたし。
私たちはオタクといっても趣味が違っていた。私は漫画のオタク、津島さんは文芸のオタクだった。
この前、津島さんから「毎号買ってるくらい好きな文芸誌がある」という話を聞いても、上手く返答できなかった。私は活字が苦手だから、その良さがわからなかったのだ。
それでも津島さんと一緒にいるのは心地良かった。
「インターネットの漫画の話になるんですが聞いてくれませんでしょうか」
「なんでしょう」
お互い、好きなモノの話をする時は、なぜか敬語になる。
「私の推し新人漫画家の一人、◯◯先生がアプリで連載していた漫画の単行本化が決まりました……しかも紙で!」
「あらまあ。とても喜ばしいことですね」
津島さんは高い背を屈め、こちらに目線を合わせて、穏やかに話を聞いてくれる。クラスの連中みたいに茶化したりしないから、気が楽だ。
聞いてくれる感謝を込めて、私も陰キャなりに頑張って目を合わす。
津島さん、相変わらず細いなー……けど、箱が三段もある弁当を毎日食べている。この細い体のどこに入るんだろう?
人体の不思議に思いを馳せる。けれどもすぐ、漫画の話をしたくてたまらない衝動に脳を乗っ取られ、どうでもよくなった。
「描き下ろしがあって、書店によっては特典の小冊子も貰えるんです」
「それは、楽しみですねー」
「んで、特典をもらうために、遠出して大きい本屋に行く予定なんです」
「いいですねー」
「はいー……」
「……」
「……」
話が途切れてしまった。
それでも不思議と居心地は悪くないんだけど、津島さんはどう思っているんだろう。
こんな状態で、「友達になろう」なんて言っても、迷惑かな……
一向に友達になりたいと言えないまま、それでも毎日一緒に昼ごはんを食べた。
津島さんがくれる惣菜は日に日に豪華になっていく。
今日は、巻き寿司といなり寿司がセットになって紙皿に出現した。助六食べるの久しぶりだな……助六!?
「惣菜以外も出せるんだね」
驚いていると、津島さんが不思議そうに首をかしげる。
「惣菜しか出せないよ。前、深夜にラーメンを出そうとして失敗したし」
「でもこの助六って能力で出したんだよね?」
「うん」
「助六は寿司では?」
「えっでも惣菜コーナーにあるよね?」
「その理論だと、パックのにぎり寿司も惣菜にならない?」
「あ……そうかも」
今度は津島さんが驚いた顔をしている。
どうやら、津島さんが惣菜と認定したものなら何でも出せるらしい。それぞれの常識の違いに、思わず笑っちゃった。
「あははっありがとう。いただきます」
「ふふっどうも」
ありがたく、いなり寿司をいただく。酢飯の酢加減が丁度良くて美味しい。
隣に座っている津島さんは、いつもの三段弁当を綺麗に平らげていた。そんなに食べてるのになんで太らないんだろう……まじまじと細身の体を見つめる。
あれ?津島さんってこんなにガリガリだったっけ?うーん……気のせいかな。
結局、「友達になろう」と言えないまま、昼休みは終わった。
翌日の昼休み。校舎裏にあらわれた津島さんは全身真っ青だった。明らかに体調が悪そうだ。
「あ……今日……何……食べたい?」
足取りがフラフラしている。
「そんなことより保健室行こ!」
「え……別に大丈夫だよ……」
「大丈夫じゃない!行くよ!」
津島さんの身体を支えながら、保健室に連行した。
保健室の先生は私たちを見るやいなや、速攻でベッドに津島さんを寝かせてくれた。そのまま気絶するように眠った津島さんの代わりに、私は問診票を書く。
先生は困った顔をして、私に問いかけてきた。
「あの子、無理なダイエットしてるでしょ?」
「え……?」
今までの昼休みの光景を思い出す。そんなわけ無い。むしろ女子平均より食べていた。
「ご飯を抜いて倒れる子、たくさん見てきたけど、あの感じ……あなたのお友達もそうだと思うよ」
ガリガリの体の津島さんを思い出す。もしかして。サァ……ッと血の気がひいた。
オタクなのに、なんで気づかなかったんだろう。能力には代償が付きものだって。
津島さんのクラスから、彼女の鞄を持っていく。他のクラスに入ったのに、怖くなかったのは初めてだ。
保健室に戻る。カーテンをそろりと開けると、津島さんは目を覚ましていた。
「……おはよう。これ飲める?」
「ん……」
ゆっくりと起き上がった津島さんに、購買で買ってきた野菜ジュースを飲ませる。そういえば昼休みの購買に行けたのも初めてだ。
「ごめんね……貧血で……」
「嘘。能力の使いすぎでしょ」
憶測を突きつける。
「津島さんの能力って本当は、自分の栄養素とかを代償に惣菜を召喚する能力なんでしょ……?」
津島さんは俯いて、気まずそうにしている。
「なんでわかったの……?」
「オタクの勘」
「そっか……」
そして、すべてを説明してくれた。
「うん。その通り。自分の体重や栄養素をちょっぴり引き換えにして、今まで食べたことのある惣菜を生み出す。それが私の能力」
なんてことだ。私は食欲で人を殺しかけたのか。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
「あやまらないで……これは私が……」
「何も知らずにのん気に食い続けて……本当に申し訳ないです……」
頭を下げても、下げても、足りない。なんてお詫びすればいいんだろう。
「違うの……!」
津島さんは首を振る。まだ体がふらついていたので、ゆっくりと支えて、ベッドに寝かせた。
「私は……あなたにいっぱい食べて欲しかったから、いっぱい能力を使って、自滅しただけ……」
「なんで……自分を犠牲にしてまで、なんでそんな……」
「それは……」
瞳に涙が浮かべながら、津島さんは懺悔するように、私の顔を見上げる。
「私、あなたに好かれたかったの」
「え……?」
涙が頬をつたい、シーツに落ちた。
「友達になりたかったから。でも言い出せなくて……だから、私と一緒にいるメリットを提示することで、あなたを繋ぎ止めようとしてたの」
なんてことを。私は馬鹿だ。津島さんを殺しかけたのは、食欲じゃなくて私の優柔不断さだったとは。
もう言い淀んでいる場合じゃない。迷わず思いをぶつける。
「私もずっと津島さんと友達になりたかった!」
津島さんは少し疑うように私を見つめる。違うよ。
「同情とかじゃない。私、本気で津島さんと友達になりたい!」
「……!」
一転、ホッとしたような笑みを浮かべる津島さん。私の口はまだまだ止まらない。
「てか、今度の休みに二人で遊びに行こうよ。前話した、漫画買いに行くの付き合ってよ。小説好きなら本屋も好きでしょ?」
こく、こく、と笑いながらうなずく津島さん。私もホッとした。
「今までのお詫びに回転寿司おごるよ。いーっぱい食べてね!」
「それは流石に申し訳ないです……」
「好きなアニメのコラボグッズが欲しいから手伝ってほしいの。食べた数だけまわせるガチャガチャで手に入るやつ」
「じゃあ……いただきます」
本当は、私の好きなアニメと回転寿司のコラボなんてやってない。津島さんに気をつかわせないための嘘だ。
「お寿司、楽しみだなぁ」
津島さんはワクワクを抑えきれない様子で笑っている。笑顔がとてもかわいい。
ほどこしがやめられなくなる気持ち、ちょっとだけわかったかも。
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