第2話 二人の約束

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第2話 二人の約束

「結人くんが私にしたことは、誰にも言わないであげる。親にも、お兄ちゃんにも、先生にも」 「は?」  僕が、今、葵ちゃんにした?  いやいや、葵ちゃんのほうから一方的に……。 「結人くんに協力してほしいことがあるの」  困惑する僕の様子など全く気にせず、葵ちゃんはまるで何かをおねだりするような目をしてこっちを見る。  何だその表情は……。  かわいい。めちゃくちゃかわいい。  いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。  協力してほしいこと? 何の話だ? 「私、お兄ちゃんが嫌い」 「は?」  なぜ、ここで翔の名前が出てくる。  まださっきの出来事に頭がついていかないというのに、今度は突然何を言い出すんだ。 「あんな奴、大嫌い」 「でも、二人はすごく仲良さそうに見えるけど。翔は性格もよくて誰にでもやさしいし……」 「それよ」 「は?」  それってどういうこと? 意味がわからない。 「とにかくお兄ちゃんが嫌いなの。だから、お兄ちゃんを困らせたい。だから、お兄ちゃんの大事なものを奪って困らせたいの」 「はあ……」  この子は何を言っているんだろう。女の子の考えていることはよくわからない。 「でも、お兄ちゃんの大事なものが何なのかがわからなかった」 「翔の大事なもの?」  何だろう……そんなものあるかな。あいつはセンスがいいから服や時計とかもカッコいいものを使っているけど、別に高い物とかブランド品とかにはこだわっていなさそうだし。  彼女か? あいつはモテるし、女の子からよく告白されているらしい。それを自慢することもなく「面倒だなあ」とか言ってるけど。 モテない自分からしたら、その言葉も嫌味にしか聞こえなくもないが。  でも、確かに女の子と気さくに会話はしているけど、彼女とかにこだわりがなさそうだ。彼女が大事というのもなさそうだ。  なんてことを考えていると……ふと、葵ちゃんが僕をじっと見ていることに気づいた。 「お兄ちゃんは物へのこだわりもない。モテるけど大切にしている彼女はいない。ほかにお兄ちゃんがこだわっている物や人もない……と思った」  うん、僕もそう思う。 「ただひとつ、いや一人を除いて」  そう言って、葵ちゃんが右手を上げて人差し指を僕の前に突き出す。 「そう、お兄ちゃんの大事なものは、結人くん、あなたよ!」 「は?」  突然何を言い出すのかと思ったら……なぜここで僕の名前が出てくる? 「あの、確かに僕と翔は小さな頃から一緒に遊んだりしているけど、別に……」 「お兄ちゃんは結人くんと一緒にいるときが一番自然体でリラックスしている。そして、何より楽しそう」 「まあ、そりゃなんとなく気は合うとは思うけど」 「もちろん、二人は変な関係とかそんな風には思っていないわ。でも、お兄ちゃんにとって、結人くんは大事な存在なのよ」  葵ちゃんは一人でうなずきなら、話を続ける。 「だから、結人くんを奪えば、お兄ちゃんは困るはずよ」 「はあ」  はっきり言って、葵ちゃんが話している内容がさっぱり理解できなかった。  ただ、自信満々に断言する彼女を見ていると、もはや何を言ったらいいかわからなかった。 「だから、協力して」 「はい?」 「嫌なの?」 「いや、嫌とかそういうわけじゃなくて……」  ごめん、葵ちゃん。協力うんぬん以前に、君の考えについていけそうにない。 「私と……したでしょ?」  葵ちゃんが目に涙を浮かべて僕をじっと見つめる。 「結人くんが私の唇を……ファーストキスを奪ったのよ」 「奪った⁉」  まさか、さっきのは葵ちゃんにとってファーストキスだったのか。 学校でも評判のこんなにかわいい子のファーストキスの相手が僕⁉  ……いや、今はそこじゃない。  そんなことで興奮している場合じゃない。  僕が葵ちゃんのファーストキスを「奪った」だって。  あれは葵ちゃんから一方的に。 「約束よ。私に協力してくれたらあのことは誰にも言わない。二人だけの秘密よ。でも、もし協力してくれないなら……」  協力しなかったらどうするつもり? 親や翔に言うとか?  しかも僕のほうから強引にしたみたいな話にして……いや、それは事実ではないが、キスしたのは事実だからそう訴えられたら言い逃れはできない。 「わかりました。協力します……」  当然、そうとしか返事できない。  これは協力というより脅迫だろう。 「それじゃあ、よろしくね。結人くん」  葵ちゃんはいたずらっぽい目をしながら笑みを浮かべる。  その笑顔はとてもかわいらしかった。  さっきのキスを思い出して、思わずドキッとした。  いきなりの出来事だったけど、よかったなあ……。  ……なんて喜んでいる場合じゃない!  これはまずい。  どうもかなりまずいことに巻き込まれてしまった気がする。  結局その日は翔に会うこともなく、そのまま家に帰った。
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