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第3話 二人の作戦
昨日はとんだ目にあってしまった。
結局葵ちゃんに協力することになってしまったが、具体的にどうするんだろう。
幸い今日は学校でも特に何も起こることなく、放課後を迎えた。
とりあえず今日は何もなかったか。
葵ちゃんも何かの気まぐれで昨日はあんなことをしてしまっただけかもしれない。
女の子の心は変わりやすいって言うし。きっと昨日のことなんてもう忘れているかもしれない。
きっと、そうだ。そうに違いない。
……しかし、当然、そんな都合のいい話にはならなかった。
「結人、帰りどっか寄ってこうぜ」
いつものように翔が声をかけてきたときだった。
突然、携帯電話に連絡が来る。
葵ちゃんからだった。メッセージを読むと……、
「作戦開始よ」
作戦?
「これから時間ある? 学校の裏門の近くに来て」
は?
「今から? 急にそれはちょっと」
と返信すると……
「約束したよね。昨日、二人で私の部屋で……」
速攻で返事が返ってきた。
約束、昨日、二人で……。
「わかりました……」
そう返信するしかなかった。
「翔、ごめん。急用ができた。今日は先に帰ってくれ」
それだけ言って、素早くその場を去った。
翔は何とも思っていないだろけど、何か罪悪感があるなあ。
裏門のほうに行くと、葵ちゃんが待っていた。
僕の顔を見ると、満足そうにうなずいた。
「ありがとう。帰ろっか。それともどっか寄ってく?」
そのまま二人で途中買い物をしながら帰った。
こんなかわいい子と一緒に下校できるなんて、なんてラッキーなんだ。
ちょっと待て。そんなことで喜んでる場合じゃないだろ。
自分は一体何をやっているんだろう……。
その後もそんなことが何度も続いた。
葵ちゃんからの連絡は、放課後だけでなく、休み時間や昼休みにも来るようになった。
その結果、次第に翔と過ごす時間も前より減っていった。
……僕は今、葵ちゃんと一緒に喫茶店にいる。
いつものように放課後すぐに呼び出しを受けたからだ。
高校生の男女二人が少しオシャレな喫茶店(店は葵ちゃんが選ぶので自分が来るのは初めて)にいると、きっと傍目にはデートをしているようにしか見えないのだろう。
店にいる他の客がチラチラと僕たちのほうを、いや正確には葵ちゃんを見てひそひそ話をしている。
「あの子、かわいくね」
「レベル高えなあ」
「で、隣にいるパッとしない男は何なのよ」
「彼氏……のわけはないから、部活の先輩とかそんな感じじゃね」
「あんな冴えない男があんなにかわいい子と一緒に。なんてうらやましい奴なんだ」
……いや、ひそひそ話してるようで、その会話全部聞こえてるんですけど。
まあ、彼らが言っていることは全く間違っていない。
確かにイケメンでも何でもない僕と、かわいくて学校でも人気者の葵ちゃんじゃ、全く釣り合いが取れていない。「なぜあんな男が」と考えるのは当然だ。
それこそ翔と葵ちゃんなら、美男美女の組み合わせでぴったりなんだろうけど。まあ二人は兄妹だけど。
一方葵ちゃんは、周りの視線など全く気にならないようだ。
「ちょっと、結人くん。聞いてるの?」
「あ、ごめん」
葵ちゃんはうれしそうにニヤニヤしている。
「お兄ちゃん、最近少し元気がなくなってきたみたいなの。うれしい」
「そう?」
学校で見た感じじゃ別に何も変わっていないみたいだけど。
「私にはわかるのよ。家でも以前より元気がないし」
そんなもんなんだ。兄妹だとそんな微妙な変化もわかるんだ。
「うれしい。私たちの作戦がうまくいっているわね」
私たち? いや、僕も入っているんですか。
「きっと、結人くんと遊べなくなってつまらないのよ。前ほどリラックスもできてないのよ」
「そうかなあ」
正直そうとは思えないが……まあそれならそれでいい。葵ちゃんが目的を達成して満足したくれたならありがたい。
そう思い、
「じゃあ、そろそろこんなことは終わりにしても……」
と切り出してみたが、
「駄目よ。まだ駄目。もう少し続けるわ。もっとお兄ちゃんが困るまで」
まだ続ける気か。どうしてそこまでして。
葵ちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべがら、ぶつぶつつぶやく。
「もっともっと困って元気がなくなってきたら、お兄ちゃんはきっと前のように私のほうを見て、私を頼りにするはずよ」
僕たちは、それからも翔にばれないようにこっそりと二人で会った。
「お兄ちゃんは女にだらしがないのよ。イケメンぶって調子に乗ってるのよ」
「いや、だらしないってことはないと思うけど。いろんな女性と付き合ってるわけでもないみたいだし。みんなにやさしいだけだと思う」
「それよ。それが嫌いなのよ」
「はあ……」
「大体自分でモテると思っているのも鼻につくわ」
「まあ、実際あいつモテるし」
「いつも女の子が集まってきて、楽しそうに話をしてるでしょ」
「女性のほうから来るから仕方がないんじゃないかな。それに葵ちゃんのところにも男が寄ってくるじゃない。きっとイケメンやかわいい子の宿命なんだよ。いやあ、美男美女の兄妹でうらやましい」
「茶化さないで。それにお兄ちゃんは成績もいいからって調子に乗って……」
二人の会話はいつもこんな感じだ。
葵ちゃんが話すことは全部翔の悪口。
それを僕が聞いて適当にコメントする……の繰り返し。
でも、翔のことがそんなに嫌いなら、どうしていつも翔の話をするんだろう。
そんな日がしばらく続いたが、とうとう僕たち二人の作戦(?)も終わりを迎えるときが来た。
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