序章:Ex nihilō nihil fit.

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序章:Ex nihilō nihil fit.

 小鳥の囀りと一定で刻まれる鹿威しの心地好いリズム。そこは程よい静寂に包み込まれた穏やかな一室。  まるで亀の歩みのようなその空間には、座布団で背中を丸め正座をしているおばあさんが一人。閉じているようにも見える一本糸のような目に加えじぃっと微動だにせず、寝ているのか起きているのか分からない。 「視えたぁ!」  すると突如、おばあさんは目をかっぴらいては天井を仰ぎ大声でそう叫んだ。  その声に傍にいた若女は体を跳ねさせ一驚に喫すると動きを止め、おばあさんへ視線をやる。 「おばあ様。ビックリしましたよ。どうされましたか?」 「急ぎ国王へ知らせねば!」  返事はせずそう言うと、立ち上がったおばあさんは慌てた様子で杖を片手に歩き出した。  だがその速度は一歩また一歩と見ているだけでももどかしさを覚えてしまうような遅さ。このままでは部屋を出るのでさえそれ相応の時間が掛かってしまうのは一目瞭然。 「おばあ様。乗ってって下さい」  するとそんなおばあさんを見かねたと言うように若女は車椅子のハンドルを握りそう一言。しかもサングラスを掛け、まるで旅人を乗せる馬車の馭者のように車椅子を親指で差していた。  そしておばあさんを乗せた車椅子を押し、部屋を出た若女は国王の元へと駆ける。 「国王様! 滅びがやってまいります! 突然の無礼をお許し下さい。ですが、恐ろしき滅びが世界を包み込むのが視えました」 「うむ。由々しき事態のようだな。だがそれは、今でなければダメなのか?」  このような状況であっても威厳のある国王の声はドア越しから聞こえた。二人とドア一枚を挟み国王はトイレ中。 「申し訳ありません」 「パエルナ殿でなければ無礼であったが、まぁ良かろう。だが続きは王の間で聞こう」
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