ゴミから始まる妄想ストーリー 【バナナの皮】

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【バナナの皮】 世界中どこでも、いや、世界中どころか宇宙でも異空間でも異世界でも、レースは行われている。 基本的に人目にはつかないようになっているが、例えば雷がやたら鳴っている場所なんかは、レース真っ最中だと思ってもらってまず間違いない。 彼らは頻繁にアイテムを使うからだ。 サンダーを使う機会が多すぎると、隠そうとしても隠しきれなくてどうしても人目にもついちまうってわけだ。 俺の仕事はそんなレース後の後片付けだ。 基本的にアイテムは後には残らない。 使用後にはそのまま消えてなくなるのだが、バナナの皮だけは無くならない。 一度雇い主との雑談の際にどうしてなのか聞いてみたことがあった。 「他のアイテムは落ちてると違和感があるだろ? バナナはそこまでじゃあない。 路上にもたまに落ちてることもあるだろ? 万が一拾い損ねて落ちてても、そんなに違和感がないから俺たちのレースの存在は分からない。 だから何とかなるってわけだ。 アイテムを消すのには結構な金がかかる。 だから、経費削減のためにバナナだけは人力で拾ってるってわけだ。」 ということだった。 何はともあれ、俺たちの主な仕事はそんなバナナの皮を集めて回ることだ。 バナナが残らないと当然仕事も無くなるわけで、そういう意味ではバナナの皮に感謝したいところだ。 今日の現場は日本のとある道路。 そこかしこに散らばったバナナを集め終わって、さっきようやく事務所に帰ってきて一息ついたところだ。 今日のトップは、バナナを投げるのが得意なベテランのアニマルレーサー。 見た目がイカつく、ヒールのように思われがちだが、実はめちゃくちゃ礼儀正しい。 バナナを投げるのが得意なだけあって、彼が出走するレースでは、路上に大量のバナナが落とされることになる。 俺たちの仕事についてよく分かっている彼は、レースに出る時は、出走前に必ず俺たちのところに来て、「いつもありがとう。今日もよろしく頼む。」と言ってくれるナイスガイだ。 一度、「俺たちは当たり前の仕事をしているだけなのだから、そんなに感謝してもらわなくても大丈夫だ。」と伝えたことがある。 すると彼は毛むくじゃらな体をゆすって豪快に笑いながら言った。 「当たり前だからといって感謝しなくていいなんていうことにはならないだろう? 俺がいつでも心置きなくバナナを投げて、勝利に向かって走れるのはあんたたちのおかげだ。 むしろいくら感謝してもし足りないくらいだ。」 そしてさらに続けた。 「俺たちのレースってのは、ライバルがいなきゃ成り立たない。 そもそも開催してくれる主催者がいなきゃレースも何もないし、スポンサーも必要だ。 走るための道路も必要だし、アイテムを開発してくれる開発者も必要だ。 マシンのメンテナンスだって俺一人じゃできやしないからクルーの助けを借りなきゃならない。 俺一人でやれることなんてほんのちょっとしかないんだよ。 そもそも俺がここに生きてレースできてるのは親、もっと言えばご先祖様がいてくれたからだし、レース文化が、昔から連綿と受け継がれてきたからこそ今こうやってレースができているわけでもある。 そうやって考えると、俺はもうありとあらゆるものに感謝の気持ちを持つ必要があると思ってるんだ。 だからアンタに感謝するのなんて当然のことなんだよ。」 めちゃくちゃカッコよかった。 俺が女なら目がハートになっていたことだろう。 だから、俺はあの人が出てるレースでは特にしっかりとバナナを拾うようにしている。 それでもたまに拾い残しはあるんだけど、それこそ違和感のない程度にはなっているはずだ。 今シーズンのレースも次でファイナルとなる。 彼は現在、シーズン優勝をめぐって赤帽子のレーサー、キノコのレーサーと共に熾烈な争いを演じている。 結果はファイナルの順位次第だ。 まあ俺はあの人のシーズン優勝は間違いないと思っているが。 俺の予想では、ファイナルのバナナ拾いは、彼のシーズン優勝を見届けてからの、最高のものとなるだろう。 そんな半ば確信のような予感が、俺にはある。 あの人と話をしてから、俺はこのバナナ拾いの仕事に誇りを持てるようになった。 ファイナルでも、俺は彼に倣って感謝の気持ちと誇りを持ってバナナ拾いの仕事に当たりたいと思っている。 今日の仕事の報告書を書き終え、事務所を後にする。 外に出ると、一日の頑張りを労うように、空からまん丸いお月さんが俺を見下ろしていた。 帰り道の土手には桜が満開だろう。 コンビニで酒でも買って、花見をしながら帰ろうかな。 当たり前の仕事を、当たり前に頑張った自分へのご褒美。 そんなものがあったっていいだろう。 今日も最高の一日だ。 俺は空を眺めながらご機嫌で歩き出した。
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