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花が咲く頃になると、私は心だけふわりと地へ戻る。シロツメクサが地を覆う場所に、あの子がふらりとやってくるのを、ゆぅらゆぅらと見守っている。
――わたしの寿命、縮めてください。
――ごめんなさい。縮めることはできません。話は、できますけど。
死神は、私が生きた場所へ、あの子を連れてきた。
そして二人して、虚空を、私を見つめた。
――あなたは先に、いけていいなぁ。わたしは、置いてけぼり。ひとりぼっち。さみしい。つらい。
あの子が心の中で呟くから、
――あなたは一人じゃないよ。死神さんが、一緒にいる。花が咲いたら、ここへ戻っておいで。死神さんが、ここで待っていてくれるから。
あの子は死神を見つめた。
死神はこめかみを掻くと、
――います。まってます。寿命を縮められない、お役に立てない死神でよければ、ですけど。
風が吹いた。
花びらが舞った。
あの子が笑った。
あの子が笑うのを、私ははじめて見た。
――明日、あの人を迎えにいきます。
ふわふわと舞う私に、死神が言った。
――時が、来たんですね。
私は心の目を閉じて、あの子を、あの人を思い浮かべながら呟く。
――そう、なのですが。
――なにか、不都合が?
問うと、死神はこめかみを掻いて、気まずそうに笑った。
――ちょうど、花咲く頃なもので。待っていたのか、迎えに来たのか、わかりにくいなぁと。
確かに、わかりにくい。
けれど、あの人は気づくと思う。
死神と毎年語らいながら、もうじゅうぶんに老いたあの人は、気づき、そして死を受け入れると思う。
あの人は、死神の迎えに気づいた時、なんと言うだろう。
――私も共に、降りてもいいですか?
――ええ、もちろん。いつものことじゃないですか。
死神と共に、地に降りる。
私には、あの人の穏やかな死に顔が、老いるまで生きられたことを喜んでいるように見えた。
了
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