花より死神

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 あの子は、ある時突然やってきた。  人々が私たちに夢中になる中、あの子だけは真っ直ぐに、アイツの場所へ向かった。  しばらく虚空を見つめると、散らばったゴミを片付け始めた。  綺麗になったその場所で、あの子はしばらく立ち尽くした。  その時、私は見た。  アイツを死に追いやった、死神が再びそこに現れたことに気付いた。  あの子が何を考えているのか、私は知ろうとした。  けれど、そんな能力を、私は持っていなかった。  あの子が見ている何かを、私も見ようとした。  けれど、私に見えたのは、怯えた死神だけだった。  それからあの子は、毎年毎年アイツのもとへやってきた。  もちろん、死神と対話をするためにだ。  私に死神が見えるのは、あの子が来る時だけだった。  だから今死神を呼び寄せているのはあの子だと、私は思った。  まるで人が花を見るように、あの子と死神を見つめていると、ふと声が聞こえた。  ――わたしの寿命、縮めてください。  誰の声かはわからないが、おそらくあの子の声だろうと思った。  それは、死神が見える人間しか、呟かないだろう言葉だったから。  ――死神だからって、寿命を縮めたりはできないんです。  怯えた声がした。あの子の声ではない。これは、死神の声。  けれど、あの子には死神の声が聞こえないらしい。  あの子はひたすら、願い事を繰り返す。  死神は大鎌の先端で、アイツが根を張っていた場所をほじくる。  まるでいじけた子どものように。  あの子は死にたがっていた。  けれど、あの子は死なせてもらえなかった。  毎年毎年、死神のもとへ通っては、寿命を縮めてほしいと願った。  死神は、だんだんと面倒にでもなってきたのやら、  ――死神だからって、寿命を縮めたりはできないんです。あなたは長生きするはずですから、私ではなく、どうぞ花でも見てください。ほら、あっちとかきれいですよ。  あの子の視線を、アイツと自分から外そうとし始めた。  大鎌の先端が、私に向いた。  あの子の視線を、私は受けた。  瞬間、ビュウと風が吹いた。  私は体を風に任せながら、おいでおいでと心で言った。  あの子が私に近づいてきた。  初めて近くで見たその顔には、陰があった。  なるほど、さすが死にたがりだな、と笑いたくなるほどの、陰があった。  あの子は心の中で言った。  ――きれいな花なんかつけちゃって。羨ましい。人間じゃないって、羨ましい。  私は、何を言うかと思った。
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