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死神が言うに、あの子の寿命は絶望的なほどに長いのだと言う。
死に指が届いたことはあるらしい。
けれど、運がいいのか悪いのか、あの子はどのようなアクシデントも、乗り越えてきた。そして、それはこれからも続いていくそうだ。
私はそれを聞いて、いたたまれなくなった。
まるで、今に根を張っているようだ。
人間は、動くことができる。けれど、今に、生きることに根を張って、動けなくなっている。
動けないことが生み出す苦しみを、私は知っている。
だから、あの子の苦しみを少しは理解できると思う。
――私はこの命の終わりを受け入れます。ですが、ひとつ、心残りがあるのです。死神さん。あなたにお願いがあるのです。
――なんですか?
死神は、女神のように穏やかに微笑んだ。
――あの子のことです。ひたすらに、寿命を縮めてと願う、あの子。
――ああ。
――これからも、あの子の話し相手になっていただけませんか?
言うと、死神はこめかみを掻いた。
私の願いを、理解できないとでも言いたげに。
――あの子はこれからも、生かされる。誰かや何かに先越されながら、生きていく。あの子は毎年ここへ来て、あなたに寿命を縮めてと願い続けるのでしょう。これまでのように。だから、あなたにはここで、あの子を待って欲しいのです。そうしたら、あの子が生きている間、あの子が一人になることは絶対にないのです。あなたがいれば、あの子は孤独とは無縁になる。それは、生きる希望となると思うのです。あなたが迎えにいく時まで、毎年、私の仲間が咲く頃に、あの子をここで待っていただけませんか。
我ながら、おかしなことを言った気がした。
死神は、ポカンと口を開けて、私を見ていた。
――はじめて、です。
――はじめて?
――生きる希望となってほしいと、はじめて言われました。
死神の顔には、驚きと喜びが浮かんで見えた。
――約束しましょう。あの人を迎えにいくその時まで、私はあの人をここで待つと。
――ありがとう。
微笑み合う。
本当なら、握手をしたかった。
けれど、私は風なしに体を動かせない。
死神が、私の心を見透かして、私の体を抱きしめた。
それから、グッと大鎌を握りしめ、私の命を終わらせた。
ふわぁ、と浮いた。
体が地から離れ、私は風に乗った。
まだ風に乗る方法を覚えていないから、ただ流されて、何かにぶつかる。
ふわぁ、と天へ昇り始めた。
もう、障害物はない。
ゆぅらゆぅらと流されながら、私はこの世界に別れを告げる。
――ありがとう。さようなら。死神さん、よろしくお願いします。
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