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何の目的もない散歩なんて、いつぶりだろうか。
長袖が少し暑く感じる四月の午前十時、いつもの通勤ルートから少し外れた道をあてもなく歩いた。すずめのさえずりや風の音、それからゴミ収集のお兄さんたちの掛け声なんかが、わたしの耳を不規則に通り過ぎて行く。
のどかな春の空気に包まれて、ちょっとだけ心が安らぐ気もするけれど。
やっぱりどこか、仕事を休んでいることへの罪悪感は拭えない。
あの資料は今週中だっけ。
今日の会議の議事録係は誰が代わってくれているんだろう。
いくつもの雑念が頭の中でぐるぐる回っていて、落ち葉を踏みしめるかしゃりという音が、わたしを監視するカメラのシャッター音に聞こえる。
ネガティブ思考を巡らせながら歩くうち、いつのまにか、あたりが賑やかになっていることに気がついた。
目の前には七階建くらいの大きな百貨店があり、歩道橋を挟んで反対側にはJRの駅が見える。
自宅のある住宅地から、結構遠くまで来てしまっていたらしい。
ガラス戸を出入りする身綺麗な女性客たちを眺めるうち、自分がろくに髪も梳かしていないことを思い出して勝手に恥ずかしくなる。
結構歩いたし、そろそろ帰ろうかな。そう考えて、来た道を戻りかけた時。
「依和ちゃん?」
聞き覚えのある声で呼ばれて右側を向くと。
「せ、先輩」
オフホワイトのブラウスに身を包んだその女性は、以前同じ部署で働いていた四宮先輩だった。
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